53: 壊 (アランside)
「えっ!?フィオレンツァ様がいなくなった!?」
突然入ったその情報がすぐには頭に入らない。
フィオレンツァ様の五人の兄の二番目だというフヨウ様から、レオンハルト殿下ではなく俺だけ呼び出されて、何事かと思ったらとんでもない状況を聞かされた。
「療養とアーネスト様と引き離す目的で、タチバナ家の離れに滞在していたはずでは?」
そちらに移動したのだって一昨日だったはずだ。
ご兄弟の中でもしっかりしている印象だったフヨウ様が、弱り切った顔で言った。
「そうなんだが……。どうやらアオイ自ら消えたらしくてな……」
「ここまできて、なんだってまた……」
と言いかけて気づいた。
「もしかして、記憶が戻りましたか?」
「多分、な。アオイのことだから、今までのアーネストのことと、龍の伝承のことと、ダブルで考えすぎて消えたと思うんだが……」
俺の目から見てても、フィオレンツァ様はレオンハルト殿下をお慕いしていたと確信している。
そんな彼女が、記憶がなかったとはいえ他の男性としばらくの間共に過ごしていたことで、殿下に顔向けできなくなったのは分かる。
更に「龍の伝承」のこと。
自らの選択でこの里の動向が決まる重圧。しかも選びたい相手は第三とはいえ、一国の王子。
そういう意味ではシン様を選べば、龍の加護は変わらずこの里にあり続ける安定した未来が予測できる。
だからって、これ以上トンズラしないで下さいよ!!!
俺は心の中で悲鳴を上げた。
フヨウ様も解ってる。
だからこそ、すぐに殿下には伝えず、まず俺に言ってきた。
微妙な顔つきのフヨウ様が、伺うように聞いてきた。
「これを……、レオに言うのをお前に任せていい、か?」
愕然とし、しばし沈黙……。
丸投げしやがった……。
「聞くが、今までにもレオはあんなになることはあったのか?」
はー、と深いタメ息くらいつかせてくれ。
「ありません。俺が従者として着いてから、あんなにぶっ壊れた殿下を見たのは今回が初めてです」
*****
それは、突然始まったわけではなかった。
王都で、フィオレンツィア様が双子とともにお屋敷から居なくなっている、と影から連絡があった時から徐々に起こっていたのだ。
最初の異変は多分この時だ。
すぐさま捜索の指示を出されて、自らも外出のため上着を手にされた、とたん、バサリとそれは落ちた。
その時はただ「動揺されている」と思って着替えのお手伝いをし、共に捜索に加わった。
お手が、微かに震えていたのは確認していた。
やっとフィオレンツィア様に追い付き、対面したというのにシン様と逃げられた時は、言葉も少なく夜もよく寝れていないようだった。
更に屋根での別れ。
多分、このあたりから「よく寝れていない」から「寝ていない」になっていたのに、俺はしばらく気付かなかった。
殿下は自分の体調不良を、自らの魔法で回復させていた。
寝不足でできた隈も、顔色の悪さも、最初は俺にも気付かせなかった。
気づいていたら、3人も連れての移動魔法なんて使わせなかった。
いくら回復出来るとはいえ、やはり魔法で無理やり回復するのは、自然治癒とは違う。殿下に徐々に溜まっていく疲労はだんだん隠せなくなっていった。
決定的だったのは、フィオレンツィア様を拐われてしまってから。
自らの腕のなかから奪われたのが、そうとうショックだったのは、目覚めてからの暴れっぷりでよく解った。
シン様とアマーリア様の助手、更にはシン様の弟のマナト様と俺との4人がかりで、フィオレンツィア様の後を追おうとする殿下を止めた。
魔力もほとんど残ってなかったから止められたけれど、後日、その時のことを覚えてらっしゃらなかったのは痛ましかった。
そのあとは、魔力や体調は回復したものの、殿下の心がゆっくりと傾いでいくのを、俺はなす術もなく側にいるしかなかった。
国王マサユキ様のご厚意で、この屋敷に部屋を用意してもらった初日は、本当に怖かった。
あてがわれた部屋は殿下の隣の部屋で、慣れない敷き布団でなかなか寝付けなかった時、隣の襖がスッと開く音がした。
たとえトイレだとしても、不馴れな場所で更に不安定な殿下を1人には出来ない。と、思って俺も部屋を出た。
真っ暗ではないけど、灯りを落とした廊下に、殿下がフラリと立っている……。
「でん……」
声をかけようとして、声が出なくなった。
ゴッソリと表情が抜け落ちた顔が、月明かりに照らされて、グリンとこちらを向いたのだ。
思わず「ヒッ!」と息を飲んでしまった。
「アラン、フィオを呼んできてくれるか?」
は?
何を言ってるのか……。
返答に困っていたら、突然殿下の周りにキラキラと移動魔法を使う時の魔法が見え初めて焦った。
「殿下!どこへ行くんですか!!」
「フィオを迎えに行かないと」
「どこだかわかってるんですか?」
必死に殿下の腕にしがみついて聞くと、不思議そうな顔をして「どこ?」と呟いて、唐突にハラハラと泣き出した。
普段はどちらかというと、ちょっと斜に構えた雰囲気で、さまざまな事柄を余裕でこなしてしまう方だったのに、こんな風になるなんて思いもしなかったし、どう対応していいかわからない。
「殿下……、今は真夜中です。フィオレンツィア様もきっとお休みですよ」
ゆっくり部屋に促せば、大人しく従ってくれたので、その日はなんとか部屋に戻ってくれた。
それから、フィオレンツィア様が到着するまで、夜、寝ずに徘徊する殿下を部屋に戻す毎日が続いた。見かねたフヨウ様が、無理やり魔法で寝かせてくれたおかげで、殿下の体調が大きく崩れることはなかったが、心は確実に壊れていっていた。
*****
フィオレンツィア様が里に到着してから、だいぶ改善されたのに。
フヨウ様と2人で、殿下の部屋の方を向いて思わず同時に、はー……とタメ息をついてしまった。
あんな壊れた殿下をこれ以上見たくねぇんだけど。




