52: 霧 (アーネストside)
「アーネスト、あなた魅了の魔法が使えるのね」
倒れて、王都の魔法専門の医者を連れてきてくれた伯母が、目覚めた俺に最初に言った言葉がそれだった。
うっとりと美しく嫌らしく微笑む伯母の、嬉々とした顔が頭にこびりついて離れない。
この時にはもうわかっていたのだ。
伯母にとって、俺は都合のいい扱いやすい道具だと。
伯母に喜んでもらいたくて覚えたティーマナー。ご婦人方との話題のために詳しくなった宝石の知識。幼いながらにしっかりとした会話が出来るよう、最新ニュースや政治のことまで常に勉強していた。
それらを披露する度に、俺に向けられる「よくやったわ」という微笑みが欲しいだけの、愛情に貧しい子供だった。
徐々にそれがなくなり、自由にはなったものの心は満たされていなかった。
結婚話をされた時も、またもや家の道具として扱われていることをわかっていたが、俺は諦めていた。
逆に、このまま1人の人のために尽くして行けば安泰ならば、いっそ楽だな、とすら思えた。
なのに、目覚めてしまったこの魔法のおかげで、また伯母の檻に囚われた。
どうやって言いくるめたのかは聞かなかったが、体調が戻って王都に戻された俺の婚約話はいつの間にか消えていた。
そして、大人になってから初めて伯母に頼まれたのだ。
「アーネスト、聡いあなたなら解ってるわよね?わたくし、エルゼバン領を建て直したいのよ。夫は頼りにならないの。あなたの力が必要なの」
「はい……。フローラ伯母様」
「もう、ダンテを最後に、すっかり「黒の蝶」の血など薄れて廃れてしまったのだと思っていたわ。まさかあなたにそれが現れるなんてね。今日から「エルゼバン」の名を名乗ってかまわないわ。養子の話も夫にしてるのよ」
「でも、エレン様は……」
「あの子は娘ですもの。「黒の蝶」の相手にはなれないわ」
「えっ……」
「あなたなら、アーネストなら連れて来られるわよね。「黒の蝶」を」
*****
「上手く、だましだましやっていたようだが、エルゼバン公爵はお気づきだったぞ」
静かにレオンハルト殿下が言った。
「!」
「ご自分で登城して、申告してきた」
あのいつもボーっとして屋敷に引きこもり、フローラ伯母様の尻に敷かれていた公爵が、まさか自ら……。
「……じゃあ……、俺がしてきたことは……」
じっと見つめたまま無言になったレオンハルト殿下は、ふぅ、と一息つくと、ボソリと呟いた。
「こんなことのために、お前はフィオレンツィアに何をした?」
低い、地を這うような声色で、一瞬にして体じゅうの毛がゾワリと立った。
それでも、俺には俺なりの理由があったのだと、声には出せなかった。
座っている殿下の足元から、黒い魔法の霧が広がっていく。
今まで、いろんな場所でいろんな人に会い、さまざまな魔法持ちの人間に会ったけれど、ここまで感情を魔法に乗せて溢れ出させることをする程の魔力量の人間は見たことない。
「……っひ……」
後ずさろうにも、体が動かない。
霧が俺の膝に触れると、ヒヤリと冷たい感覚があった後、ビリビリと痺れたように痛みが広がった。
「あ……、あっ……」
静かに向けられた憎悪が届いた時、襖の向こうから声がした。
「レオンハルト殿下。アランです」
殿下は無言のまま俺を見ている。
返事を待たぬまま、スッと襖を開けてターナーが入ってきた。
この現状を見ても、動揺が見えない。
「殿下、シン様から伝言がございます」
「なんだ」
「……っ!」
レオンハルト殿下に見つめられたまま、黒い霧が体を這い登ってくる。
「フィオレンツィア様をアマーリア様の所に連れて行かれた、と」
「わかった」
「それと」
「う……、っあ……」
首元に巻き付き始めたソレを掴みたくても掴めない。
「そろそろお止めください」




