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逃げられ王子と追われる令嬢  作者: キョウ
第1章

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42/127

42: ティーセット

 昼間は、まだいい。

 夜になると、何かが変わる。

 柔らかいベットで、あたたかな毛布にくるまっているのに、ゾワリと鳥肌が立つ。

 寒い……、のではなく寒気がする。


 隣で寝ているアーネスト様を起こさないように、そっとベットから出た。

 お屋敷ではヒラヒラしたネグリジェで寝ていたが、旅が始まって宿を転々とするようになってからは、もっと地厚の寝巻きにしている。

 その上からガウンを羽織って、部屋を出た。


「なんだ、寝られないのか?」

 部屋を出たとたん、後ろからヤトに声をかけられた。彼は気配がないから、いつも突然話しかけられるとビックリしてしまう。

「ええ。外の空気を吸ってくるわ」

 1人で行こうとしたのに、無言でヤトが付いてくる。まあ、防犯の意味ではいたほうがいいか、とほっといた。


 その宿には小さな中庭があって、フロントから出入出来る。建物の外とはいえ、宿泊客しか入れない作りになっているそこは、小さなハーブガーデンが作ってあって、そこにあるベンチに座った。

 夜気の中で漂ってくるハーブの爽やかな香りのおかげか、ここ数日ぼんやり曇っていた頭のなかがクリアになった気がする。


 なんでだろう?

 夜になると、妙に落ち着かなくなる。

 ここにいてはいけないような、早く違う場所に行かなきゃいけないような……。

 忘れていることに関することなんだろうけど、感覚的な気持ちだけが先行して、記憶が付いてこない。

「ヤト、ヤトは昔の私を知っているの?」

 ベンチの横に立っていたヤトがこちらを向いた。

「いや、俺はあまり知らない」

「……そう」

 嘘か本当か……。

 ヤトは何を考えているのか、わからない……。

 アーネスト様も、普段ニコニコして優しいけど、心の奥底では何を考えているのか、わからない……、というか隠そうとしている?


 普段、全く考えてもみなかった思考がポカリと浮いた。


「俺を信じてくれる?」


 そう言われた。

 何を?どこを信じればいいの?自分のことはもちろん、アーネスト様のことも知らない。

 なのに……


「アオ!」

 フロントの方から、すごい勢いでアーネスト様が走って来た。

 その顔が、見たこともないくらい鬼気迫っていて、思わずベンチから立ち上がり後ずさった。

「何してるの?こんな夜中に。心配するでしょ?」

 話し出したら、いつもの彼だった。

「ご、ごめんなさい……。なんか寝付けなくて。ヤトに付き合ってもらってたの……」

 アーネスト様が、本当に心配そうに私を見つめるので、申し訳なくなってきた。

「そう……。さ、もう戻ろう。そういう時は俺を起こしていいから」

 フワリとアーネスト様のガウンを肩からかけられた。そのままアーネスト様に肩を抱かれて、部屋まで戻った。


 *****


 お屋敷を出てから、馬車に乗って華旺国を目指した。

 アーネスト様は特に急ぐそぶりも無く、安全な街道と治安のいい街を通るコースを選んでいる。大抵はちゃんとした宿に泊まって、道中も危険な目にあったりはしていない。

 覚えていなかった記憶は、ゆっくりとだけど部分的に思い出してきた所もある。

 華旺国とグーラート王国を行き来していたこと。お父様――タカユキ様と王都で暮らしていたこと。兄達のこと。


 アーネスト様は積極的に昔の話をしてくれないので、思い出したことをリンに話してみたり、ふとしたデジャヴが前に本当にやったことあることだったりした。

 一番はお茶。

 それまで、リンが入れてくれたり、レストランで出されたりしていて、何も思わなかったけど、泊まった宿の食堂にティーセットが置いてある所があった。

 宿のご主人の趣味で集めた、というティーセットは、もちろん貴族が使うような高級な品質のものではないけれど、ちゃんとポットとカップ、ソーサー、シュガーポットとミルクジャグまで一揃えあるのに、ほぼ使われていないようで埃をかぶっていた。

 ふと、思い立ってご主人の許可を得て、使わせてもらった。


 全て綺麗に洗って、リンに街で茶葉を買ってきてもらって、お湯を沸かす。

 ポットとカップを温めて、湯を捨てる。

 ポットに人数分の茶葉ともう一杯。沸騰したてのお湯を勢いよく注いで蓋をする。ティーコゼーはないので、タオルで包んだ。

 これまた茶漉しがないので、小さめのザルを厨房から借りて、カップに注いで行く。

 琥珀色が美しいお茶が、香り高くカップに入った。

「今まで、インテリアとしてしか置いてなかったんですが、こうやって使うんですねぇ……」

 と宿のご主人が感心している。

「どうぞ」

 と、お茶を出せば、最初遠慮したものの好奇心に勝てなかったみたいで口をつけてくれた。

「……!今まで、紅茶なんてどれも同じ、くらいにしか思ってませんでしたが……、これは、今まで飲んだ中で一番美味しいです!」


『フィオのが一番美味しい』


 誰かにそう言われた。

「本当だ。アオ、お茶入れるの上手だね」

 アーネスト様も飲んだ後、誉めてくれた。

「アオ?どうしたの?」

「……っ、お嬢様……」

 アーネスト様は不思議そうに、リンは切なそうにこちらを見ている。

「……、え?……なんで?」

 勝手に涙が流れていた。

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