40: おねえさま (リンside)
お嬢様と華旺国まで行く。
というのでは私には断るという選択肢はない。
この人達が何者なのかわからないけど、お嬢様が笑っていたことと、向かう先が華旺国だということで、危害を加えられたりはしないだろう、と判断した。
ヤトというおじさんに、彼らが今暮らしているというお屋敷に連れて来られた。
お嬢様とあの男性は、まだ買い物があるから後で屋敷に帰ってくる、ということをとりあえず信じた。
それにしても、このヤトとかいう男性、なんかどこかで見たことあるような……。
誰かに似ている?
華旺国の人は皆黒髪黒目だから、髪や瞳の色での血縁関係を認識出来ないのは分かりづらい。
「なんだ?」
「あの……。お嬢様と一緒にいた人は誰ですか?」
「あー、そういう説明は後で本人がする」
これは…めんどくさいんだな。
父と同じくらいの年齢だろうか?だけど、動きは機敏で、気配も物音も立てない。それこそ、華旺国にいたなら諜報部隊にいそうな動きのくせに、威圧感とか半端なくしかもそれを出し入れしてみせる。
出会った時は威嚇してきたのに、今は全然警戒されてない感じ……。に、見せかけてるだけなんだろうな、というのはなんとなく分かった。
「明日には出発するつもりだが、一応部屋はここを使ってくれ」
お屋敷は街の中心にあった。とはいえ、大通りに面しておらず、裏通りを更に小道に入った所にひっそりと建っていた。そんなに大きくはない。
中に入ってみると、全く人の気配がしない。
住人はもちろん、メイドや下男もいないようだった。
ヤトが1階の、ゲストルームと思われる部屋に案内してくれた。
「悪いがメシは自分でどうにかしてくれ。夜には姫さんに会わせてやれる」
頷くと、ヤトはどこかへ行ってしまった。
*****
アオイ様に初めて会ったのは、確か9歳くらい。アオイ様は5歳だった。
ハヤトと共に、まだ武術の訓練や読み書きの練習をしている頃だった。
ある日、マサユキ様に連れられて、いつもはめったに入ることないお屋敷の奥の方へ通された。
広いお座敷に面している縁側にちょこんと座っていたのがアオイ様だった。
一緒に連れてこられたハヤテが、隣で「ひゅ」と息を吸ったのが分かった。
分かる。
だって、一瞬等身大のお人形かと思った。
黒のサラサラの真っ直ぐな髪。振り返って私たちをじっと見る黒目の大きい瞳。お肌はいっそ病的なくらい真っ白なのに、頬はぽわんと桃色で、唇は紅を差したかのように可憐に赤かった。
最初何も表していなかった表情が、私とハヤテを見て、ニコっと笑った。
―――うっわ!かわいい!!
「アオイ、二人を紹介するよ。リンとハヤテだ。これからアオイの傍にずっといる……、まあ、新しい兄と姉だな」
護衛に、という話を話半分に聞いていた。だって、ハヤテも私もまだ修行中で、誰かを守れるほど強くない。だからマサユキ様の紹介のテキトーさは合っていた。
「……おねえさま?」
期待の眼で私を見たアオイ様が可愛すぎた。
後でそのことを聞いたら、「だって、兄はそれこそもうお腹いっぱいっていうくらいいたから、姉が出来るって聞いて嬉しかったんだもん」と言っていた。もちろん、ハヤテは分かりやすくショックを受けていたが。
*****
帰ってきてすぐにはアオイ様には会えず、まず先にアーネスト・エルゼバンと名乗るさっきの男性と会った。
「いいか?アオに余計なこと言うな」
「余計なこと、と言いますと?」
街で見た、ニコニコとした優しげな顔はどこにもなかった。
見た目は、ちょっと歳が行ってるけど、有閑マダムを虜にしそうな容姿の、貴族に見える。
ヤトとの関係性が全然わからない。
ヤトはヤトで、華旺国出身だろうな、ということくらいしかわからないけど。
「俺の魔法で、今お姫様は記憶が混乱している。覚えてることと、覚えてないことが混在してるんだ。覚えてないことを無理矢理思い出させようとするな」
「……。例えば何を覚えてらっしゃらない?ご自分の家族のこととか、今まで生活していた場所とか……。まさか名前まで……?」
「君ね、脅してるつもりなんだけど、どうしてそう普通に質問してくる?」
キレイ目な顔が脱力した。
「だって、お嬢様の今の状態を正確に知るためには必要ですから」
しばらく考えた様子を見せて、アーネストは上着のポケットから小さな巾着を出した。
王都では見られない、落ち着いた色柄のソレはアオイ様の持ち物だったとすぐにわかった。
中から何やら取り出して、手のひらの上に乗せてそれをこちらへ差し出してきた。
見てみると、何か動物の牙のようだった。
「ちょっと、触ってみて?」
魔力が、その牙からジワジワと漏れだしてきてるのは、わかる。
なにこれ?
「いきなり掴んだら、多分ダメ。まずはかるく触るくらい。死んだりはしないから」
何その説明。
なんだかわからないながらも、アーネストは直に手のひらに乗せているから、そこまで危険なものではないだろう。
そっと、その牙に触れて見た。
「!」
指先にビリリと何かが走った。
魔法で、防御された時と感触が似ている。でも、その魔法はアーネストがかけたものではなさそうだった。
「ふむ。君でもダメか。なるほど」
そう言って牙をまた巾着にしまった。
「君には説明しとくか。これ、龍の爪」
ぷらん、と巾着を揺らしてあっさり言った。
「は?……、つめ?……爪!?」
唐突に出てきたから、脳内処理が追い付かなかった。
「君も知ってるでしょ?華旺国の伝説。その
、龍の爪」
実在してるなんて、知らなかった……。
ていうか、本物ならば国の宝なのでは―――
「アオが持ってたんだよ。盗んだりしてないからね」
私がよっぽど胡散臭い目で見てたのか、言い訳してきた。
「どうやら俺は爪に許されたみたいだ」
華旺国王家に産まれる女性が選んだ伴侶に、華旺国の力を惜しみ無く与える。
もう一度、父から聞いた言葉を思い出す。
選んだ伴侶に……。
伴侶……。
まさか……。
「か、華旺国に向かう、と仰いましたね?ど、どうして?なんのために!?」
そんなわけない、とか、どうやって、とか一瞬にして頭をよぎったけど、次の言葉で真っ白になった。
「国王に俺とアオイとの結婚を報告しに」




