36: 誤解 (ハヤテside)
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「こンの、くそバカ王子!!起きろ!!」
シンが止めようとするが、振り払ってレオの顔を叩いた。
「うう……」
うつぶせで倒れた背中には、何か大きなモノでもぶつけられたのか、服が破け、鍛えた背筋に赤い打撲跡や裂傷がある。
俺が見た時には、この状態でお嬢を抱いて走っていた。
あのアーネストとかいうチャラそうな奴は、どうやってか魔法のそこそこ使える人物を集めて、華旺国を襲撃した。
襲撃者達はほとんど捉えているものの、お嬢を拐われていてはどうにもならない。しかも奴らは数人の上層部だけ見事に退散して、下っぱは見捨てていきやがった。
「ハヤテ!落ち着け。私も悪かった。ヤト様にかかりきりになっていて……。それに分かってると思うがレオは魔力をだいぶ消費してる状態で」
「そんなのは分かってる!」
なぜかシンがレオを庇ってる。
「とりあえず、すぐそこに母の家がある。そこまで運ぶのを手伝ってくれ」
意識がないレオを、シンが抱き起こした。
*****
屋根騒ぎの次の日、レオに全てをぶちまけてやった。それで諦めるような奴なら、お嬢を託すことは出来ない、と思っていたが、案の定追いかける気満々だった。
陛下と話してくる、と言って出て行ったレオを、王族の邸宅の来客室で待っていた。
多分、この後レオは華旺国に向かうだろう、と部屋にある長旅に使えそうなものをまとめた。
行く前に一旦カーライト邸に寄ってもらえないだろうか?
得物を仕込める服が欲しい。
リンにはマメに心話で連絡しているが、細かい話は出来ていない。シンはあの後、どうしたのか……、などと考えていたらコココッと早いノックの後、アランの声がした。
「ハヤテ殿?」
「どうぞ」
アランという男、最初に見た時はレオの従者なのに妙に飄々とした印象で、こんなんで従者が務まるのか?と思ったが、様子を見ていると違った。飄々としていながら隙がない。
ひょろりとした細い体格ながら、あの珍しい武器を使う時は、機敏でしなやかだった。
「どうか……」
したか?と続けようとして、ドアの方を見たら、アランの後ろから先日レオを果敢にも止めていた令嬢がいた。
「あの、わたくしエレオノーラ・ベイリーと申します。あなたが何者かは知りませんが、レオ様と同等に話していたあなたにお願いがあります」
小柄でフワフワのブラウンの髪と透明感のある水色の瞳は、儚げに見える。でも、彼女がわざわざ領地から呼び寄せた経営の才女で、レオの婚約者だと知っている。
「なにか?」
王宮では貴族の子息らしく振る舞うことにしている。一介の執事見習いが、第三王子と同等に会話していては不審がられるからだ。レオに余計な負担はかけたくなかった。
「あなたもあそこにいたのなら、ご存じかと思いますが、レオ様にフィオレンツィア様を追いかけるのを止めて頂くよう申し入れて下さい」
「なぜ?」
即座に返せば、戸惑った。
「な、なぜって……。と、当然です。そもそも幼なじみとはいえ、レオ様はフィオレンツィア様を特別視しすぎだと思います。貴族の力関係や、諸外国からの目もあります。正式な関係性も確定していない令嬢を特別視するのは、レオ様自信の信用も失います。今までは陛下も見逃してきた部分もあると思いますが、レオ様も二十歳になられて王族としての責任を自覚してもらわないと」
「素直に言えばいいだろう。レオを好きになったから、フィオレンツィア様と仲良くしないで、って」
長々とめんどくさくなったので、途中でハッキリ言ったら、みるみるうちに顔が赤くなっていった。
「なっ……、な……」
「その方が可愛げあるぞ」
顔を覗き込みながら言ったら、益々赤くなっていく。
アランが「その辺にしてあげて下さい」と苦笑いしている。
「ここで何をしている?」
いつの間にか戻ってきたレオが、扉を開けて立っていた。
「れっ……、レオ様!今の、聞いて……」
真っ赤になったまま、令嬢らしからぬわたわたした動きでエレオノーラが焦っている。
「聞いた」
あっさり認めるレオ。
「エレオノーラ嬢、誤解があったようだ」
「えっ……?」
「大臣達にそそのかされたのだろう?私の婚約者だと」
「……え……?」
「私は誰からもそんなことは聞いていない。陛下もご存じなかった話だ」
さっきまで真っ赤だっか顔が、紙のように真っ白になっている。
「……そ、そうでし……たか……。大変な、勘違いを……。申し訳、ありませ……」
あーあ、レオはお嬢以外の女性に気を使わな過ぎる。
「いや、こちらもそんな話になっているとは知らずに、気安く接してしまった。許せ」
「いえ……」
「もちろんこのようなことをした大臣たちに、しかるべき対処をするつもりだ。後は、このことで、そなたの縁談に差し障りが出るようなら、出来るかぎり対応させてもらう」
「いえ……、いえ結構です!」
レオは完全な王子モードで接している。これは、彼にとっての拒絶。エレオノーラを見れば小刻みに震えている。多分、今まではそうじゃなかったのだろう。
「……そうだな、例えばこの男などどうだ?」
と、俺を指差す。
「見目もそう悪くないし、優秀さは保証する……」
「「黒」などとっ!」
突然、感情的になったエレオノーラが、声を上げた。言ってから、ハッと気づいたらしい。
「っ……、いえ、あの……」
「アラン」
呼ばれた従者は、主君の本意をすぐに理解したようで、無言でドアを開け令嬢を促した。
彼女が絶望の表情でレオを見るも、レオはもう彼女を視界に入れることはなかった。
部屋を出る前、深々と頭を下げて出て行く彼女がちょっと気の毒になってきた。
「お前な、わざとやったな」
「悪いな。利用して」
全然謝罪する気、ねーな。
「分かっていたのか」
「まあ、人間追い詰められると本性を現す」
俺は別に「黒」と言われることは気にしていない。それが歪んだ感情になり、お嬢に向けられなければ。
しかしレオは違うようだ。
「黒」を厭う者を近くに置く気はない、と今ハッキリ示した。
先日、レオに聞かれた。
「お前はどちらだ」と。
お嬢の望むままに、と本当に思っている。
お嬢が小さい頃からずっと見てきた。お嬢が幸せになれるならば、自分の気持ちなどいくらでも隠せる。そして、それを言いさえしなければ、ずっとお側にいられるのだ。
俺は自分の立場はそこでいい。
だから、勝手に思っているのだ。
お嬢にとっての最高の連れ合いがレオであるならば、それでかまわない。逆を返せば、お嬢の連れ合いとして最高の男でなければ、認められない。と。
*****
「まあまあ、タカユキ様でもお一人だとお聞きしてましたのに、この方三人も一緒に?」
「……。母上、今はそれはいいので集中して……」
「あら、ごめんなさい。だってスゴい魔力量なんですもの~」
華旺国にしては珍しく、和室ではなく洋間になっている部屋の寝台にレオを寝かせた。
部屋は清潔で日当たりが良く、備え付けられている戸棚には薬品らしき瓶や実験道具のようなものが納められていて、王都の街の診療所のようだった。
レオを運びこんだ屋敷の主は、シンの母君だった。
大通りに面している屋敷は、シンの実家の家業である薬問屋だ。シンの母は、その屋敷の後ろにひっそりと建てられているこの小さい屋敷からほぼ出ない、とは聞いていたけど、なんだか想像していたよりも天然そうだぞ。
シンと同じサラサラの銀髪は肩上で切り揃えられていて、和服と良く似合っている。灰色の瞳はシンよりも淡い。細く長い指をうつ伏せのレオの背中に当てて傷の治療をしてくれている。
外部の人間で、魔力があるだけでも珍しいのに、この方はさらに「治癒」という非常に特殊な魔法を使える人だった。
「シン、ちょっと手伝って」
2人がかりで体を起こして、包帯を巻いている。
外からバタバタと音がしたら「殿下!!」と声がする。
家人に通されたアランが、珍しく焦った顔で飛び込んできた。
「従者の方?大丈夫よ。背中は治療したし、後は沢山寝れば魔力は回復するわ。後は、嗅がされたこの粉だけど……、効果は強力だけど持続性はないみたい。明日には目覚めると思うわ」
「……はい……。ありがとう、ございました……」
はーっと深いタメ息をついて、脱力した。
アランのこんな表情が珍しくて思わずまじまじ見てしまった。
「殿下は、人並み外れた魔力をお持ちなので、今まであまり酷く負傷したことがないのですよ。俺は置いていかれることも多いし……。でも、こうやって目の前で無茶されると、結構こたえますね……」
思ったよりも、主君想いの奴だったらしい。
治癒を終えたレオを別の部屋に移動させ寝かせると、アランは許可を得て側にいると言う。
俺とシンは、マサユキ様の屋敷に向かった。




