35: アーネスト
魅了の魔法を使える人は、魔力を持ってる人の中でも稀だ。里ですら昔はいたらしいけど、今はいない。
しかも今、目覚めたって言った?
魔力は普通、産まれた時から備わっている。得意魔法はそれなりに色々やってみて、自分の感覚で掴んでいくものだけど、もしかして魅了は違うの?
「最初は自分でもわからなかったんだ。まあ、見た目もそう悪くないし、領地の代理人を頼まれる前まで、俺は1人でフラフラといろんな土地を巡っていたから、話題も豊富だし、貴族なんてちょっと毛色の違うものにすぐ飛び付くだろう?俺がなぜかやたらと好かれるのも、そういうことかと思ってた」
ヤトも初めて聞く話なのか、アーネストのことをじっと見ている。
マキノはアーネストにお茶を入れた後、ソファーの後ろで立っている。
この屋敷にはメイドはいないのかしら?メイドどころか他の人の気配がしない。
アーネストの話はまだ続いた。
自分の魔法を気付かずに使っていた彼は、あるパーティーでとうとう魔力切れで倒れた。沢山の人に無意識で魅了を使い続けていたからだ。無意識だから効果はそこまで強くもなく持続もしなかったけど、なにせ短時間で沢山の人にかけていたらしい。
倒れた彼の症状を見ても、周りに魔力持ちがおらず、誰も魔力切れだと気付かなかった。
普通の発熱や風邪と症状がちがう、と病名を診断しかねた母親が、王都の医者を呼び寄せようと、姉に連絡する。そして、医者を手配するために、詳しく病状を聞いたフローラ夫人が気付いた。アーネストが魔法持ちだということを。
「魅了だとわかってから、利用されたねぇ。領地代理人だって、最初は伯父が体調を崩して療養してる間だけ、って話だったのに、なんだかんだ養子に入る話やら、エレンと結婚させる話まで出てきて」
あっけに取られた。
エレン様って、フローラ夫人はレオにも彼女を使って取り入ろうとしてたじゃないの……。
「まあ、俺もちょっとはあったらしい野心が芽生えてきちゃって?各国を廻ってる時に聞いた噂話を思い出したんだよね……」
下級貴族の次男なんて、ほぼ平民と同じ。
家を継ぐでもなく、猫の額ほどの領地は兄だけで事足りる。
それで時間を持て余して、一人旅に出るようになって、各国をフラフラしていた。貴族であることを隠して、アンダーグラウンドなエリアすら入り込んだりした。
「そこでたまに聞く噂があったんだ」
ソファーから立ち上がり、私の前まできた。
「『黒の蝶は龍の爪』最初、何のことかわからなかった。そもそも情報が少なくて、その噂もたまにしか聞かないんだ」
タレ目で柔らかく微笑みながら、スルリと髪を取られた。
髪をつかんでる手とは反対の手で、頬を撫でられる。ゾワリと鳥肌が立った。
「そのうち、それとは全く関係なく、とある王国の話を聞いてね。なんでもそこは俺達とは全く違う文化の暮らしをしていて、人々は穏やかで争いはなく、生活は豊かで楽園のような国があると。なのにその国のことは、地図にも歴史書にも出てこない」
親指が目元をなそる。
「その国の人々は皆、黒髪黒目。そして総じて魔力が高い」
ヤトもマキノも2人とも動かない。
「なぜか、ピンときちゃったんだよね。「黒の蝶」が、その国のことを差すんじゃないか、って」
そこから、魅了を使い、旅で広がった人脈を使い、魔力の高い人を集めながら、とうとうあの伝承にたどり着いた。
「あなたの……、目的はなんなの?」
私を捉えた、ということは、可能不可能は別にして華旺国の力が欲しい、ってことなんだろう。けど、その力を何に使うつもりなのか―――
「華旺国王家に産まれる女性が選んだ伴侶に、華旺国の力を惜しみ無く与える。これさ、国外でも有効なんだよね」
「し、知ってるわ。父上にも言われた……」
「かつて、国外に嫁いで華旺国がその土地を救ったことがあるのは、知ってる?」
「昔は、そういうこともあったって……、聞い……」
まさか。
アーネストの目が細まった。
「察しがいいね。そう、灯台下暗しだったんだ。昔のお姫様が嫁いできたのは、エルゼバン公爵家だったんだよ」




