34: ヤト
扉に鍵はかかっていなかった。
ネグリジェなのが気になるところだけど、そう言ってもいられない。
部屋の中を捜索したけど、クローゼットやチェストには何も入っていなかった。
そっと扉を開けてみる。
もといた部屋も、調度品やファブリックの様子から、そこそこいい貴族のお屋敷だとは思っていたけど、廊下を見て更に確信した。
こんなに余裕のある造りの建物は、貴族でもお金に余裕があるような高位の貴族でないと持てない。
とはいえ、さっきから人の気配がない。このレベルのお屋敷なら必ずメイドや下働きがいるハズなのに……。
「その格好で外へ出たら風邪引くか、すぐ拐われるか、どっちかだな?」
気配なんてなかったのに。
振り返ると、さっきまでは無人だった廊下にヤトがいた。
黒いローブは着ておらず、シャツとベストにトラウザーズと、ごく普通の貴族男子の格好をしている。
「飯はちゃんと食ったのか?」
あまりにも普通な対応に面食らう。
「ご飯、頂きました。ありがとうございます。出来ればちゃんとした服を下さい。そして私を帰して下さい。ここ、どこですか?」
ちょっとビックリした顔で怯んだあと、フハっと笑った顔が父上に似ていて、ドキッとした。
「肝が座ってるな。さすが黒の蝶。とりあえず部屋に戻れ。ここはグーラート王国に近い街、とだけ言っておこう」
そう言ってさっきの部屋のドアを開けてくれた。
*****
そして、なぜか今ヤトと向かい合ってお茶している……。
服はマキノが持ってきてくれた。1人でも着れるデイドレスで、落ち着いたデザインにクリーム色で安心した。
起きた時の痺れのようなものは、もうなかった。あの時投げられた玉から出た白い粉のせいだと思うんだけど、あんなすぐ意識が途切れる薬って……、と思うとちょっと怖かった。
でも、私が今回復しているように、レオも回復していると信じるしかない。
「お茶、入れるの上手いな」
お屋敷を襲撃された時は、ローブのせいもあったのか、とにかく不気味で威圧感が凄かったのに、今目の前で武骨ながらも丁寧に紅茶を飲んでいる姿は、落ち着いた大人の男の人だった。
「あの……、なぜ私を……?」
「お前……、名前はなんといった?」
「アオイです」
「アオイ、自分の価値をわかってんのか?」
それは、あの龍の伝承の……。
「実は、最近伝承のことを知ったので、あんまり実感してないっていうか……」
自分の周りで手一杯だった、っていうか……。
「里では皆何かしらの魔法が使える。ところが他の国はどうだ?魔法が使える奴は20人に1人いるかどうか。そしてたいした魔力もない。今は戦をしていない世の中とはいえ、魔力豊富な奴らが助けてくれる、などという話、国や権力を持つものがそっとしておいてくれるわけないだろう」
そう……ですね……。
「まあ、里のもの達はそんなお前を守るのに何の疑問もわかないけどな」
なんか、言い方、キツい。
父上から話を聞いて、私だってちょっとは考えた。
里の人達の人生を左右するような決断を、私1人で決められない。なのに、父上は「自由に選べ」って言う。そんなの、無理なのに……。
「で?あの金髪の美丈夫がお前の選んだ相手か?」
「きんぱ……、レオのこと!?ち、違う、違う!選んでないっ!」
「じゃあ、銀髪の……」
「そっちも違いますっ!」
「そうか?てっきり金髪の方かと思ったが……」
そう言いながら、ベストのポケットから見覚えのある小さい巾着を出してきた。
「それっ!」
すっかり忘れてた。
「コレは金髪の方に反応していたぞ?」
「……えっ……」
―――カタカタ鳴っていたのよ
お母さまの言葉を思い出した。
「なんで、そんなことあなたにわかるのよ」
ヤトは巾着の口を開けて取り出そうとしている。けど、指を袋に入れたとたん、「っつ……」と呟いて手を引っ込めた。
「俺は気に入らないらしい」
そう言って巾着を私に放り投げてきた。
そっと中を覗いてみたけど、前と変わらず魔力駄々漏れの爪があるだけだった。
「金髪に抱きあげられてた時、着物の合わせに入れていたな」
こくん、と頷く。
「お前らは気付いてなかったが、胸元でハッキリ光っていたぞ」
「あー!何2人だけでお茶してるの!」
ノックもせず、部屋に入るなり非難してきたのはアーネストだった。後ろにマキノもいる。
「うん。だいぶ顔色も良くなってるね。これなら出来そうかな」
アーネストは、整ったモテそうな顔で表面上はニコニコしてるのに、瞳が笑ってない。
対面してやりとりするのに、ヤトはそういう取り繕ったことはしない点では、まだマシだった。
この人は……不気味……。
「何を……させるつもりなの?」
「先日、お茶会でフローラ伯母様に会ったでしょう。あの方は本家の長女で、伯父様は婿養子なんだよね。俺はおばさまの妹の次男で、親戚とはいえ外に嫁いだ血筋だし、ほとんど交流はなかったんだ」
1人用のソファーに座りながら、唐突に家系の話が始まった。
「「魅了」の魔法に目覚めるまでは」




