33: ゾーリ(レオンハルトside)
「父上、フィオを迎えに行きます」
忙しい国王を、私用で留めておく時間はそんなにない。
今から出掛けるという隙をついて、執務室に入り込んだ。
外出用の上着を着ながら、こちらを見る濃い金色の瞳は、無表情だ。
こないだの騒動でウォルター協力の元、護衛や騎士団を動かしたから、事の顛末は分かっているだろう。
父上の後ろで静かにレナルドが佇んでいるが、成り行きがどうなるのか気になってしょうがない感、まるわかりだからな。
「迎えに行って、どうする?」
「正式に婚約して、妻にしたい」
素直に言ったら、止まった。
「……っ、ふ、はは!あはは!」
なんで大爆笑!?
報告はしたからもう知らん。と部屋を出ようとしたら、止められた。
「待て、待て。いやあ、やっと?レオは結構我慢強かったんだね」
「は?やっと?」
「声に出てるよ」
「だっ……、忘れろっていうのは……」
歳の割にいたずらが成功したみたいな瞳でニヤーっと笑った。こういう父は怖い。
「忘れろ、って言われて忘れられるくらいの存在なら必要ないだろう?」
それは、つまり―――
レナルドまでニヤニヤしてる。
「絶対、連れて帰ってきます!」
すぐに出発するつもりで、部屋を出ようとしたけど、思い出して振り返った。
「父上、ベイリー公爵令嬢は俺の婚約者なのですか?」
「……。そんな話は聞いていない」
険しい瞳に戻った。
そりゃあ、そうだろう。自分の息子の……しかも王族の婚約者が国王の知らぬところで勝手に決まっている、なんてあり得ない。
「わかりました。では、行ってまいります」
「華旺国に1人でか?」
「アランとハヤテと、……1番目を」
「ん?1番目?」
首を傾げる父を残して部屋を出た。
*****
ずっと逃げられて、触れることさえ出来なかった彼女の手を繋いで、ひたすら走る。
「レオ、いいからっ……」
「よくねぇ!」
ここの服装は独特で、布を体に巻き付けたような形で動きづらそうだ。
更には信じられないことに、フィオは今裸足だ。屋根材の上はまだ良かったが、舗装もされていないむき出しの土の上を走っている今、ずっと治癒魔法をかけている。
「どっかで草履借りるからぁ……」
ゾーリってなんだ?
「アオイ、まずはウチに行く。それまで耐えられるか?」
前を走るシンが振り返って言った。
「耐えられるっていうか、レオが、治癒、ずっと……」
まどろっこしくなって、フィオを抱き上げた。
「しっかりつかまってろ」
「!!」
落とすつもりは毛頭ないが、走ってるので揺れる。腕をギュウと俺の首に巻き付けて、肩に額を当てたフィオからいい匂いがする。
ドッと体温が上がったが、それどころではない。
横から呆れた声で言われた。
「三人も運んだくせに、まだ魔力あるのか!?お前無尽蔵か?アオイ、くっつきすぎ!」
シンの実家があるという商家が集まるエリアに来た。
その頃には、国王の屋敷で何があったか既に周知されているようで、女性や子どもは外には1人もおらず、戦力になりそうな男どもが、武器を片手に屋敷方面へ走っていく姿が見られた。
なんだ、ここは。
街としてコンパクトなこともあるが、この統率の取れた住民の行動に衝撃を受ける。
王都で城が攻められたら、貴族達は我先にと逃げ出すだろう。
「レオ、こっちだ」
シンが行く方向へ走る。
並ぶ平たい建物の中でも、一際大きな屋敷についた。シンが迷わずその建物の横の小道にはいろうとした、その時……
「レオ!!」
叫ぶフィオの声とほぼ同時に、ズドン、と背中に重たい衝撃が来た。
「その娘をよこせ」
よろめきながら、振り返る。
これでも、常に全身に防御魔法を施しているんだが。
先ほどヤトと呼ばれていた壮年の男が、ユラリと魔力を纏わせて近付いてきた。
アオイが自ら俺の手から降りて、その男に向いた。
「ヤト様、なぜこのようなことをなさるのです!ヤト様なら、無理矢理事をおこしても意味がないことはご存知でしょう!?」
ガッチリとしたフィオの父上とはあまり似ていない。病人のように痩けた頬は顔色が悪い。それでいて、黒い瞳はフィオのような黒曜石の輝きではなく、底知れない沼のようにドロリとしている。ヒョロリとした体格が、より一層不気味さを増長している。
「真っ直ぐな娘。イオリにソックリだな……。なぁ……、名を呼んでくれよ」
「……え……、や、ヤト様?」
「違う、「ヤト」と」
「ヤ……」
なんで、とか、そういうことではなく。本能でこの先を言わせてはいけない、と悟ってフィオの口を手で塞いだ。
「レオ!それは何か暗示のためのトリガーだ」
シンが左手の人差し指をヤトに向けた。その先からブワリと風が起こる。
「ぐっ……」
風の塊を高速でぶつけられて、不意をつかれたヤトは、一歩後に後ずさったものの、その場で堪えた。
「タチバナ一族に、だいぶ毛色の違うモンがいるな?」
挑発……だったんだろうけど、シンは全く揺らがなかった。
「レオ、アオイをこの小道の先の家に」
そうだった。コイツはこれでも諜報部隊のトップだった。フィオがらみでは感情を露にするようだが、それではスパイは務まらない。
「フィオ、こっちに」
再び手を繋いで連れていこうとしたら、動かない。
「父上……は?」
ヤトがここにいる、ということは先ほど切りあっていた国王は―――
蒼白になったフィオを再び抱き上げて、小道へと走り出す。
「待て!」
叫んでるヤトをシンが抑えている。そう信じて小道に差し掛かった時、目の前にアーネストが現れた。
「お前っ……!」
何も言わずに、俺とフィオ目掛けて小さな玉を投げつけてきた。
2人の胸元でそれが弾けたとたん、白い粉が舞った。吸ったらマズイ、と瞬間で判断したものの、一瞬で力が入らなくなった。
足元から崩れる。
入らない力をなんとか込めて、フィオだけは絶対離さない、離すものか!と歯をくいしばったところで意識は途切れた。




