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逃げられ王子と追われる令嬢  作者: キョウ
第1章

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32: 金と銀

「やぁっ……、はな、放して!」

「ダメ」

 服の上からじゃあんまりわからなかったけど、こうして拘束されると、しっかり鍛えてるのが分かる。

 ガッシリした胸板と、私の力じゃビクともしない逞しい腕に囲われて、逃げたい、すがりたい、放して欲しい、抱き締めてて欲しい。

 相反する想いが溢れて涙になる。

「フィオ、逃げんな」

 強い言葉で止めるくせに、その黄緑の瞳は不安に揺れている。

「だって……、ダメでしょ……。私、レオといられない……」

「いいや、違う。いられるようにするんだ」

 頬に流れる涙を、親指で拭われる。

「フィオは、フィオは俺と……」


 *****


 見えているのは、紗がかかった天涯つきの知らないベット。

 手を動かしてみる。

 ちょっとピリピリするけど、動く。

 首を動かして、辺りを見る。

 紗の向こうには、広そうな空間が広がっている。貴族のお屋敷……だと思う。

 ゆっくり、起き上がってみる。

 かけられていたリネンをよければ、自分で着たはずの着物ではなく、シルクの白いネグリジェを着ていた。

「あの服ってさ、寝るときどうするの?後ろに結び目があって、横になれないじゃない」

 ベットの横にいたなんて、気付かなかった。

 それもそうか。なんだか頭がハッキリしない。

 濃霧の中にいるみたい。

「……アー、ネスト様?」

「おはよう」

 紗をフワリと開けて、支柱に付いてるリボンでとめていく。

 やわらかそうなオレンジがかった茶色の髪が、窓から差し込む光でキラキラと輝いている。

 ちょっとタレた瞳が、ニコリと笑いながらこちらを見る。

 何も知らない令嬢が見たら、その柔らかな雰囲気と品のある仕草で、すぐにときめいてしまうだろう。

「まだ、薬が抜けてないのかな?ボーっとする?」

 伸ばされた手をはたき落とす。

 それだけで、息が上がる。

「……っ、はぁ、さ、わら……ないでっ……」

「おや、意外と気が強かったな」

「なに、を、した……の?」

 囚われたってことは分かる。でも、どうなってこうなったかが思い出せない。

「んー、今は出来ないか。しょうがない。もうちょっとゆっくり休んでてよ。後で食事を運ばせる」

 そう言い残して、部屋から出て行った。


 思い出さなきゃ。

 里のお屋敷に突然現れて……。

 そうだ、あのローブの男。

 まさか、父上の叔父だったとは。

 確かに聞いたことはあった。お祖父様にはだいぶ年の離れた弟がいる、って。

 でも、若いときに里を出奔して、それから全く連絡を取ってない、とも聞いた。

 お祖父様が亡くなった時だって、方々に知らせを飛ばしたりしたけれど、何の手がかりも連絡もなかった。

 それが、急にあんな……。


 コンコン、とドアをノックされた。

 返事もないまま開いたドアからは、お盆を手にしたマキノが現れた。

「マキノ!」

「アオイ様、体調はいかがですか?」

 か、会話出来た!

「ま、マキノこそ、大丈夫?」

「……。お食事、お持ちしたのですが、食べられますか?」

 やっぱり何か違うかも。魅力の魔法ってどうやって効くんだろう?使える人がいることは知っているけど、稀だからあまりその効果の様子を知らない。

 本来、マキノは基本的に落ち着いている。

 お裁縫が得意で、得意魔法も変装や変化の術で、派手に戦うタイプじゃない。

 そもそも一体どこでアーネストに目をつけられたのか……。


 ベットの横にテーブルを寄せて、そこにお盆をおいてくれた。

「すいません、メイドのようにお世話はできないのですが、ご自分で食べられますか?」

「うん……。頂く」

 モヤがかかっていたような頭も、ちょっとずつ晴れてきた。

 目的が私なら、まあ毒とかは盛られてないだろう。

 腹が減っては戦はできぬ。先人の言葉を思い出し、とりあえず食事を始めた。


 *****


「ヤト!お前、何年も連絡寄越さず、何やってたんだ?」

 父上、この緊迫した空気の中、ちょっと呑気すぎます。

「まあ、いろいろとなぁ」

 2人で突然世間話みたいに会話しだしたもんだから、周りの皆は止まってしまった。

 その間にレオは私を抱き締めたまま、屋根の上に下りた。また屋根の上か……。そして、下りても離してくれない。

「てか、お前ならこんな風に結界ぶっ壊さなくても普通に入って来れたろう」

「いや、俺だけ入れても意味ねぇからな」

 そうヤトが言ったとたん、お屋敷の向こう側、門の方から耳をつんざく爆音と一歩遅れて爆風が来た。

 里のお屋敷は、王都の建物と違って平屋だ。屋根の上にいる、私とレオには見えていた。

 それなりに立派だった門が吹き飛んで、残骸が四方八方に飛び散る様を。

 目の前の光景にあっけに取られていられたのは、レオがいたから。

 飛んでくる木屑や爆風を自分で避けようとも思わなかった。

 だって、こんなのレオが完全に防いでくれる。くれてる。

「んだよ、これっ……」

 私よりレオの方が憤ってる。

 門の先に、レン兄が侵入者らしき洋服を着た人物数人とやりあってるのが見えた。

「いつの間にこんなに……!」

 侵入者は4人だけではなかった。

 ハッと振り向いたら、庭でも戦闘が始まっていた。

「金髪!!アオイを頼むぞ。いいな!」

 ヤトと父上が刀を交えてる。ひらりと太刀筋を交わしながら父上が上を向いて叫んだ。

 私を抱き締めていた腕にぐっと力が入る。

「レオ!こっちだ!」

 声がした裏門側を向けば、シンがいた。

「えっ!?シンまで来てたの!?」

「酷いな。ひとまず下りよう」

「フィオ、走れるか?」

「うんっ……」

 レオが私の手を引いて、屋根の上を走り出した。

 前を走る金と銀。

 こんな切羽詰まった状況なのに。

 2人の背中に抱きつきたくなった。


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