31: 幼なじみ(エレオノーラside)
「はっはっは!やはりエレオノーラ様を王都にお呼びして正解でしたなぁ……」
領地まで私を説得しにきた、あの宰相の使いの方と、たまたま王宮の廊下で出会い、言われた。
「あのレオンハルト殿下が勉学に励んでいるらしいじゃないですか!エレオノーラ様のおかげですなぁ」
勉学に励んでいる……。
というか、もはや私と殿下の議論は国の政策や、災害対策などの国家レベルなんだけど……。
レオンハルト殿下の王宮での評価はどうなっているんだろう?
「殿下も良き伴侶と巡り会えたようで、良かった、良かった」
―――えっ?
「あ、あの……。わたくし、領地経営の講師として王都に呼ばれた……、という認識なのですが?」
すっかり忘れていたあの話を思い出した。
一緒に王都に来ているお父様からも、何も言われてはいない。
「ああ!もちろんエレオノーラ様の経営手腕は、次世代の当主達にも十分吸収されておりますぞ。そんな才女と、常に切磋琢磨していたら、そういう感情が芽生えてもおかしくはありませんな」
ニコニコと笑いながら言っているけど、最初からそれが狙いだったと目が語っていた。
ずっと領地にいて、殿下に会わなかったら、またこの話をされても断っていた。
でも今は、殿下の……、レオ様の、国を思う真摯な姿勢や、真剣な顔で筆を進める横顔、何かを閃いた時に見せる無邪気に輝く瞳を知ってしまった今は……。
「まあ、これからも殿下をよろしく頼みますぞ。はっはっは」
と、言いながら巨体を揺らして去って行ってしまわれた。
*****
ダメダメ。
正式に言われたわけでもないのに、真に受けたらダメだ。と、冷静な自分が言う。
一方で、あの類い稀な存在の特別になれるかもしれないことへの期待が、フワフワと勝手に膨らんでいく。
でも、確かに以前に参加した夜会でレオ様は他の令嬢方に妙ににこやかな対応で、違和感があった。と、同時に気付いてしまった。最初にお会いした時のレオ様が同じような感じだったことを。
なるほど。
これは、対令嬢用の顔なのね。
でも、最近私にはあんなににこやかに対応しない。
それが逆に嬉しい……なんて思ってしまうのは……。
*****
「彼女がエレオノーラ・ベイリー公爵令嬢だ。ノーラ、こちらはフィオレンツィア・カーライト伯爵令嬢。俺の……、幼なじみ、だな」
その日は王宮の会議室ではなく、王宮の敷地内の奥にある王族専用屋敷の庭園に呼ばれた。
最近は、勉強会として私が講義を行った後、自由に討議しあう場を設けて数人で討論しあったりしていた。
ところが、私とレオ様の討議についていけなくなってきた子息達がどんどん脱落し、とうとう私とレオ様の2人になってしまった。
話している内容は、完全にお堅い話なのに、男女2人でいると、周りからいろいろと言われるようになる。
レオ様は一向に気にしていないように見えたのだが「めんどくさいからな」と言って、ここに呼ばれたのだ。
この庭園が、貴族の間でどう思われているのか、知っている。
けど、美しい庭園に置かれたテーブルには、お茶やお菓子よりも、領地からの報告者や、経済や経営の本、いろいろな資料などが用意されていて、色っぽいことなど何もなかった。
レオ様の従者のアラン様が、お菓子を取り分けてくれた。
「では、私がお茶をいれますね」
そのくらいなら出来る。
レオ様のと2人分を入れた。
「この領地からの報告書について、意見を聞きたい」
レオ様は早速討論モードで話を始めた。私も出来うる限りの知識でお答えしていく。
途中、喋りすぎて喉が乾き自分の分の紅茶を飲み干してしまった。するとレオ様は「ああ、俺は飲んでないから、こちらもどうぞ」と、自分の分を差し出してくれた。
「ありがとうございます」
と、遠慮なく頂いてしまった。
その後も話は続き、一段落したあたりで、なんだか微妙な顔つきのアラン様が来客を告げた。
アラン様に案内されて現れたのは、眩い美貌の殿下と対を成すような、黒髪黒目の女性だった。
長身のレオ様と丁度いいバランスの身長。
黒い真っ直ぐな髪は耳上に小さな飾りピンを付けているだけで、背中までサラサラと下ろしている。
黒い瞳は神秘的で、吸い込まれそう。色白で柔らかそうな頬に、プックリとした形のいい桃色の唇。瞳とのアンバランスさが、他の令嬢にはない魅力になっている。
着ているドレスはデザインは大人しめだが、素材は一級品なのがわかる。
「フィオ、彼女がエレオノーラ・ベイリー公爵令嬢だ。ノーラ、こちらはフィオレンツィア・カーライト伯爵令嬢。俺の……、幼なじみ、だな」
レオ様に、愛称で呼ぶような幼なじみがいたなんて……。しかも「黒」だなんて……。
レオ様がすごく気安い感じで接している。本当に素のままの、自然体で接している人物なんて、今までいなかったかもしれない。
どんな方なのだろう?と思って、ご一緒にとお誘いしてみたけれど、忙しそうだった。しかも具合も悪そう……。
「あっ……」
傾いだ体をなんなく支えたのはレオ様だった。
とたん、ズクンとお腹の真ん中が冷えた。
「大丈夫か?」
心配そうな横顔を見ていられない。
フィオレンツィア様の侍女がすぐに連れて行ってしまわれたけど、レオ様はしきりに気にしていた。見送って戻ってきたアラン様に様子を伺っている。
「あの……」
「ん?」
「いえ……。なんでもない、です……」
フィオレンツィア様とは、どういったご関係……
などと聞きそうになって、やめた。
*****
燻っていた自分の気持ちがハッキリしたのは、ギリギリになってから。
いや、もうギリギリとかじゃなくて完全なる手遅れだったと分かっていても、足掻きたかった。
「アラン、また置いていかれたのかぁ?」
ある日、講義終わりに会議室で片付けをしていたら、廊下から話し声が聞こえた。アラン様と、同僚の方?
今日はレオ様は講義に出ていなかった。どこかへ外出していたのかしら?
「あー、もう、フィオレンツィア様と出かける時は大抵撒かれるんだよ」
「あはは!すっげ、わかりやすいな」
「デレデレなんだよなー」
「ダメなのか?」
「わからん。周りはうるさいが、陛下は何も言わない」
「まあ、なんだかんだ王族だからな。自分の意思じゃどうにも出来ないこともあるだろ」
「……。そうかな……」
「違うのか?」
「レオンハルト様は……、違う……かもしれない」
「なんだそれ」
2人の声が遠ざかる。
レオ様は……、レオ様はフィオレンツィア様のことが……。




