30: 噂の王子(エレオノーラside)
初めてお会いした時、瞬きをするのも忘れて見入ってしまった。
ふわふわで透けるような金髪に、澄んだ黄緑の瞳。整った輪郭と鼻筋。うっすらと微笑んでいる形の薄い唇。スラリと延びた手足とバランスのいい頭身。それを、上質で華美な服で包むことで、いっそう華やかに見せている。
噂には聞いていた。
見た目だけは完璧だけど、能力はいまいちな第3王子。
「初めまして。第3王子のレオンハルトです」
ちょっと愛想が良すぎるくらいのにこやかな対応に面食らった。
*****
年頃になって、夜会やお茶会にも参加したことはあったけど、興味がなかった。
それよりもお父様のしている領地の経営の方が面白かった。
流行りのドレスのことや色恋の話、誰かの噂話より、いかに効率良く仕事をこなすか、資金を無駄なく使うか、領民達の生活が豊かになるかを考える方が重要だと思ったし、楽しかった。
お父様も、一人娘の私に惜しみ無く知識を教えてくれた。
しかも、やればやるだけ結果が付いてくることで、やりがいも感じ初めて、このまま領地にいてお父様の手伝いをしているのもいいか、と思っていた。
お母様だけが私の結婚についてやきもきしている中、王都に住んでいる叔母が持ってきた話が「第3王子の婚約者」にならないか、というものだった。
初めはまるで興味がなかったので、すぐにお断りした。
お父様も私を家から出したくなかったようで、断ることに反対されなかった。
王家から直接来た話でもないし、口の上手い叔母が母に何か吹き込んだのだと思っていた。
そのことはすっかり終わったと思っていた1年後、今度はわざわざ王都から宰相の使いが来た。
てっきり、また婚約話かと思ったら、城で領地経営の講義をしないか、という話だった。
「私で、よろしいのですか?」
ウチの客間で、目の前に座るずんぐりとした宰相の使いは、汗をふきふき小刻みに頷いた。
「エレオノーラ様の手腕は王都にまで聞こえてきております。是非とも、城で経営についてご指導して頂きたく思っております」
「私のような若輩者では、そんな大役は……」
既に何年も領地を管理している爵位持ちの御当主達に、指導なんて恐れ多くて出来るわけない。
「いやいや、説明が足りず失礼しました。ご指導頂きたいのは、現当主ではなく次世代の当主へ向けて、なのです。それというのも、現当主の安定した経営に安心してか、跡を継ぐ若者は経営についてあまりにも感心が薄い、とおっしゃるご当主が多くて、今回このような施策を講じたわけですよ」
「……はあ……」
確かに、お父様からもよく聞く話だった。
息子が王都で遊んでばかりで領地に戻らず、土地のことも経営のことも何一つ学ぼうとしない。その点エレオノーラ様はお父上の補佐を立派にこなし、うらやましい限りですなあ!などと、別の領主から言われたこともある、と聞いた。
「でも、わたくし女だてらにこのようなことをしておりますが、その点は……」
自分でわかっているのだ。「女のくせに」だの「女子のすることか?」と眉をひそめられたことだってある。
「そこですよ!」
えっ。
「エレオノーラ様は女性でありながらもその豪腕。貴族の子息を奮い立たせるにとてもいい人材なのです」
なるほど。
逆に「女でもできるのに、出来ないとは言わせない」ってことね。
それにしても、豪腕……って……。
同年代とはいえ、果たして自分に指導出来るのだろうか?と思案した。ところが、横で聞いていたお母様が「同年代の子息」と聞いてがぜんヤル気になっていた。
結局、お母様のヤル気がお父様を押さえ込んで、私は王都に行くことになった。
そして始めての講義の時、やたらとキラキラしい子息が熱心に私の話を聞いているな、などと思っていたら、それがレオンハルト様だと終わってから紹介された。
*****
「エレオノーラ嬢、この数値はどのように見るのかな?」
「エレオノーラ嬢、一昨年そちらの領地で行った施策についてだが……」
レオンハルト殿下は、他の子息達と共に講義を受け、他の誰より熱心に取り組んでくれた。
更には、私には考えもつかなかった新しくて有効性の高い策を提案してきたり、私が気付かなかった不備を指摘してきてくれたり、凡庸さはどこにも見られなかった。
無能だなどと、一体誰が言ったのか。
「殿下、ご質問の度にお呼びになるのに、わたくしの名前は長いです。どうぞ、ノーラとお呼び下さいませ」
「では、俺のこともレオと呼ぶがいい」
「そんな!恐れ多い!」
辞退したものの、議論がヒートアップした時に、つい「でも、レオ様のその考えでは!」と口にしてしまった。それに気付いて、その黄緑の瞳を細めて、フッと笑い「呼んだな」などと言うレオ様に、心を奪われないわけがなかった。




