29: 素足
私でもわかる。
黒いローブを頭から羽織った背の高い男は、尋常じゃないほどの魔力を隠しもせずにまとって、ユラリと立っている。その男からの圧がすごい。
隣のフヨウ兄さんが、ビリリと警戒を強めているのを肌で感じる。
「ああ、フィオレンツィア様。お迎えに来たんですよ」
周りの緊張した空気をまるで感じてない風に、普通に会話しだしたオレンジ髪の男が、なぜここに来たのかわからない。
「……アーネスト様……、なぜ、ここに?」
エレン様のお茶会で会ったっきり、その後に接点も何もなかった。
あの時、意味深に不穏だったけど、更にここまで来たのは……。
「アオイ!無事か!?」
庭から玄関前に繋がる方から、キクノスケ兄さまの声がする。
その足が止まったのは、目に入った侵入者4名の意図がわからなかったからだと思う。
「キク兄、マキノは多分操られている。そこの貴族に。でもって、ぶっ倒れてる奴が移動魔法でここまで3人を連れてきたんだろう。魔力枯渇で……死んでる。無茶させたのは……、後ろの奴か?」
アヤメ兄さんが、現状を冷静に見ていた。
「まさか、結界を破って更に屋敷の防御まで突破するとは……」
アーネスト様は足元で倒れている男にまるで意識を向けずに、私の方へ一歩近づいた。
「さ、私と一緒に来てもらえますよね?」
それが当然、というように人好きのするにこやかな笑顔で言った。
兄さん達が、グッと構えた。
「アーネスト様、意図がわかりません」
質問しながらも、後ろのローブの男を警戒する。マキノは意識があるのか、ないのか、その隣でボーっと立ってる。
「マキノ!しっかりして!!」
声をかけるも反応がない。
「ああ、彼女はダメだよ?私の言いなりだからね」
―――思い出した。
お茶会の庭園で、私に魅了の魔法をかけてきたことを。
「フヨウ兄さん、マキノは魅了の魔法をかけられてる!」
「マジか……。やっかいな……」
魅了の魔法は、かかりやすい人とかかりにくい人がいる。かかりやすい人は、一旦かかると解けにくいと言われている。更にマキノは諜報部隊で、操作系の魔法には耐性があったはずなのに、あんなに自我がないくらいかかってしまっているということは、そう簡単には解けない。
そして、何か隙をつかれる原因があったとしか考えられない。でも何が……?
「この子のお陰で、こんな山奥の国の場所が知れたんだよね。もうちょっと、役に立ってもらおうかな」
言い終わらないうちにローブの男が、マキノを抱え込んだ。
武器を何か持っているわけでもないのに、男の剣呑なオーラで何かしそうなのは明白だ。
だから、動けない。
私以外は。
スッと縁側に出る。
フヨウ兄さんが息を飲んだのが聞こえた。
「私があなたについていったら、マキノを解放してくれるの?」
アーネスト様はちょっと考える仕草をした。
「いいよ」
「アオイ!ダメだ!!」
キクノスケ兄さまが叫ぶ。
「兄としてじゃない。里の意向として言う。マキノとお前は比べられない」
「なんてこと言うの!」
「お前は自分のことを分かってない!」
分かって……、るわよ!
聞いたばかりの伝承。
どう考えたってアーネスト様の狙いはそれだ。
でも、さっきの父上の言葉を思い出す。
『強行突破しても、意味ねぇ』
多分、アーネスト様はそれを知らない。
縁側から裸足で庭に下りた。
ドレスやワンピースに慣れてしまって、着物の足捌きに自信がない。
それをじっと見ていたアーネスト様が呟いた。
「フッ……、素足が見られるなんてね……」
カッと赤くなってしまった。
お兄さま達はわからないだろう。
貴族の令嬢は殿方に素足なんて晒さない。見せるのは夫になる人にだけだ。
恥ずかしさをこらえて、一歩一歩アーネストに近づく。
目の前まで来たら、ニコリと笑ったその顔が近づき、腕を捕まれた。
「マキノを離して」
アーネストの後ろにいるローブの男に向けて言った。
近づいて初めて見えたその口元が、ニイっと歪んだ。
とたん、足元がグラリと揺らいだ。
下を見ると、真っ黒な円が私を中心にじわじわ広がっていた。
「なにこれ!?」
魔法なんだろうけど、こんなの知らない。
「フィオ!!」
この声に、ビクリと反応してしまう。
振り向くより先に、彼の香りを鼻がとらえた。
気付いたら逞しい腕に抱えられて、宙にいた。
「殿下!あれは、禁忌の闇魔法です!!」
下で叫んでるのはアランだった。
首だけ横を向けば、金色の髪をなびかせてペリドットの瞳が私をのぞきこんでた。
「フィオ……。フィオ!!」
宙に浮いてるのにぎゅうぎゅう抱き締めてくる。
「ちょ……、待って!これ、なんで浮いてるの!?怖い怖い!」
「風魔法の応用だ。絶対落とさないから安心しろ」
そんなこと言われたって。
「めんどくさいのが来ちゃったな。それでなくてもアウェイなのに!ヤト、どうにか出来るか?」
アーネストがローブの男を振り返って言った。
ヤト?
名前の響きが、華旺国の人名っぽい。
「ヤトだと!?」
下から、父上の声。
その声と共に、男がローブを頭から取った。
「マサユキ、オヤジになったなぁ……」
不敵に笑った男は、短髪だけどしっかり黒髪で、瞳も黒かった。




