26: 1番目(シンside)
さて、どうしたものか。
屋根の上で腑抜けている王子を置き去りにしたのはいいが、ここから国に戻るのはそう簡単ではない。
「シン様」
呼ばれた声に振り返ると、メイド服をすっかり着こなしているリンがいた。
「こちらへ」
促されるまま着いていく。今は長くこの街で暮らしていたリンに任せた方がいい。
などと思っていたら、すぐ着いた。さっきまで目指していた、タカユキ達が暮らしていたタウンハウスに。
「ここで大丈夫なのか?」
「はい。あらかた捜索は終えたようで、すでに監視の目はありません」
中に入ると、以前と変わらぬ執事と数人のメイド達が迎えてくれた。
領地の屋敷と違って、ここに入るのは数年ぶりだった。
「タカユキ様は、アオイ様と里へ行きました。ここは、ご指示があるまでこのままで」
リンが指示を出して皆を下がらせる。ここで働く者は漏れ無く里の者ばかりなので、皆事情を把握している。
もう夜も遅いのだが、客間に通された。
手際よくお茶を入れながらリンが状況を説明してくれた。
すっかりメイドが板についてるなぁ。
「ハヤテは王宮に連れていかれた、と連絡がありました。王子はすぐにはアオイ様を追わないようです」
「前から思ってたんだけど、君たち双子はどうやって連絡を取り合ってるのかな?情報交換が早いんだよね」
「……秘密です」
この双子が何か特別な能力を持ってることは、なんとなく分かってたが、ソレが何だかは知らない。でもソレは他の者では出来ない何か特別なものなのだろう。でなければ、マサユキ様はわざわざアオイの護衛に付けない。
「シン様はこの後里へ戻られますか?」
「そのつもりだけど」
「諜報部隊の方達は?」
「アイツらは自分達でどうにかする」
アオイと俺が抜けた後もしっかり興行をこなし、上手いこと雲隠れするだろう。
俺は一応リーダーにはなっているが、常にメンバーには個々で考えて動け、と伝えてあるし、それだけの能力を備えたものしかウチの一団にはいない。
「では、私も一緒に着いて行ってもいいですか?」
「……かまわないけど。ハヤテは?」
「それこそ、自分でどうにかします」
なるほど。
とりあえず今日はこの屋敷で休み、明日早朝に出発することになった。
*****
「悪いが、跡目はマナトが継ぐ」
俺とマナトがそこそこ成長した頃、父に言われた。
跡目を継ぐなら事業の勉強をしなければならない。多分、そのタイミングだった。
分かってはいた。
マナトは正妻の子だし、黒い。
親族が俺と母を疎ましく思っていることも、十分理解していたから、魔力量は俺とそんなに変わらない弟に、家督を譲ることに抵抗はなかった。
1つだけ、確認したいことがあってマナトに聞いた。
「マナトは、アオイのこと欲しい?」
今にして思えば、10歳ぐらいだったくせになんという質問。
まだ幼く人懐こい愛嬌のある顔が、キョトンとした。1拍置いて、それが破顔した。
「あははは!ない、ないよ、それはない!だって、小さい頃から兄上がアオイ様を好きなの知ってるのに、それはないよー」
なんでそこで大爆笑……。
「大丈夫だよ。姫様のお相手は必ず姫様が求める者だって、国中の者が知ってる。でもって、姫様の周りで姫様に1番近い男の子って、兄上しかいないじゃないか」
確かに、兄が沢山いるアオイの周りには、他の男はあまり近づいてこなかった。
俺は三男のアヤメと同じ歳で、一緒に勉学や武術を習っていて友人だったので、アオイともよく遊んだりしていた。
小さい頃のアオイは、お人形のように可愛らしかった。
産まれたてのアオイをヨウコ様に見せてもらった時、あまりの可愛さにもらって帰ってくる気満々だった。
それからも、アヤメと遊ぶため、というのは口実でアオイに会いたくてお屋敷にお邪魔してるような子供だった。
そんな俺の気持ちにいち早く気づいたのは、マサユキ様だった。
「なんだ、お前、アオイが欲しいのか」
「はい!」
即答する俺に周りの大人達が慌てた。黒とは程遠い銀髪にグレーの瞳の俺が、姫を貰えるわけがないと周りは思っていた。
「じゃあ、お前は1番目だな」
「1番目?」
でも、マサユキ様は違った。
「大人になって、アオイがお前がいい、と言ったらくれてやる。ただし、アオイは弱い男は選ばんぞ。そのためにしっかり力をつけろ」
「力?」
「そうだ。アオイが困ったり泣いてる時に助けてやれる力だ。腕っぷしだけじゃねーぞ?いろんなことを知って、自分で判断出来る頭が必要だ。出来るか?」
まだ子供だった俺は、マサユキ様の言ってることの半分もわかってなかったけど、頷いた。
歩いたり、喋れるようになったアオイは、実の兄達より俺についてきた。
可愛くて愛しくて、何よりも大切にしたいと思っていたのに、その日、俺の目の前でアオイは拐われてしまった。
国外の、伝承を正確に知らない輩が無理矢理アオイと婚姻を結ぶために拐ったのだった。まだアオイは8歳だったのに。
幸い、怒り狂ったマサユキ様とタカユキ様に助けられたけれど、ショックのあまりアオイはその時の記憶を無くしてしまった。
そして、マサユキ様はアオイが自分で相手を選べるようになるまで、と知人のいる国にタカユキ様と双子を付けてアオイを預けた。




