22: 殿下と俺 2(アランSide)
さっきまでと同じように大木に向かって何気なく投げたナイフが、金髪の横をかすめた。
ハラリ…と数本落ちた髪の毛が地面に着くより先に、その奇麗な顔が満面の笑みになった。
三男のおかげで屈強な軍人と近くで接したときも、こんなに背筋が寒くなって鳥肌が立ったことはない。
「君の名前を聞いてもいいかな?」
わざとらしいくらいにフレンドリーに低姿勢で聞いてるけど、俺には
―――テメェ、名乗れ
に聞こえる。
すぐに頭を下げた。
「アッ、アラン・ターナーと申しますっ!あの、あ、申し訳ございませんっ!!」
「何をあやまってるのかな?」
上から聞こえる声は穏やかだけど、見えている足元から立ち上がる威圧感半端ない。焦ったあまり父の爵位も自分の兄弟構成も言い忘れた…。
「確か、僕の従者選定試験の最中だったと思うんだけど、君は候補者じゃないの?」
そう。今日はレオンハルト殿下の従者を選定する、ということで、王宮の中にある訓練場にて騎士団相手に手合わせする試験で、父に無理やり連れて来られたのだ。
父は俺に何も言わなかったから、このまま俺は候補者として名乗りを上げずに済む…と思っていたら甘かった。父はしっかりと俺を候補者として登録していたのだ。
今までまるで関心がなかったのに、なぜ俺を使おうとするのか分からなかった。
友人達が噂する王子の人物像は話半分くらいに聞いていたけど、どんな性格だろうと王家のお守りはゴメンだと思っていたのに。
だから、やたらと気合の入っている他の受験者達を尻目に、こっそり抜け出して訓練場の裏の庭でサボっていたら、なぜかそこにレオンハルト殿下ご本人が登場してしまったのだ。
さっきまでは訓練場に用意された豪奢な椅子にめんどくさそうに腰かけて、見てるのか見てないのかぼーっとしていたくせに、どうしてここに来た。
フワっと魔法を使った気配がした。
「?」と思うも頭を上げられない。
「今、君に伝達魔法を送ったよ。受け取れる?」
魔力はそんなに高くはないが一応ある。更には次兄のおかげで呪文や術式にはそこそこ詳しい。
目の前にキラキラした魔法の存在を感じた。
キラキラに手を出して、呪文を唱え息をかける。
魔法の発動合図は人それぞれ。俺の場合、手をかざしたり、息をかけたり、接近しないと出来ない。もっと魔力が強ければ、詠唱無しで遠距離……なんて離れ業も出来るけど、そんなのは稀だ。
手の上に小さく赤い火蜥蜴が現れた。
魔物ではあるが、そんなに狂暴でもなくその辺にもよくいる。だけど、俺は別の意味で驚愕した。
生き物を伝達魔法に乗せた。え?そんなこと、出来るのか?って、目の前でやられたのに信じられなかった。
更にはそのサラマンダーが、喋った。
『ターナー伯爵家四男アラン、君を合格とする』
「は?」
声は、目の前にいるレオンハルト殿下のものだった。
「顔上げろ」
言われて、恐る恐る上体を上げると、さっきまでの王子然とした態度は成りを潜め、ニヤリと笑っている美少年がいた。
「4年間、よろしくな」
「えっ?あのっ、どっ、どういう……こと、ですか?」
混乱して上手く喋れてない。
「武術。わざとナイフの当たる軌道に現れたのに、瞬間で判断してコントロールした。
魔法。伝達魔法は使う魔力は少ないけど、送り手と受け手と双方が繊細に魔力を調整しないと成立しない。ちゃんと生き物を受け取れて、更にメッセージも再生出来た。
あとは……、そうだな。すげーつまんなそうだったから。俺といるとつまんないとか言ってらんねーよ?」
呆気に取られた。
レオンハルト殿下は見た目だけで無能だ、なんて誰が言ってたんだ?
喋り方はだいぶフランクで、王族だと思えない。さっきまでの尊大な態度や胡散臭い笑顔の方がよっぽど王子っぽかった。
生き物を伝達魔法に乗せられるだけの魔力と能力。
短い時間しか接してない俺のことを、瞬時に見抜いてみせる観察眼。
これがレオンハルト殿下の素?
「って、ええ!?今、あちらで試験してるんですよね!?」
「してるな」
「採用枠は」
「1人だな」
「もっと優秀な人材がいるかもしれませんよ?」
「優秀な奴はいるかもしれないな」
「じゃあ……」
「でも、俺が気に入ったのは、アランだ」
「……っ!」
ここまで言われて否と言えるか?
結局、他にもあった魔法だの一般教養だのの試験を全てすっとばして、俺に決まってしまった……。
王子の従者、という立場を狙っていた奴らや貴族からは、まともに試験を受けていなかった俺の採用を兄達がらみの出来レースだったと疑う者も多かった。
殿下の周りでも、城勤めの大臣や貴族達から、俺よりもっと優秀な人材を進められたりしていたらしいが、殿下が頑として首を縦に振らなかったので、そっちは次第にあきらめていったようだ。
あきらめきれなかった子息達に嫌味を言われるのはまだしも、襲われるようになったのはめんどくさかった。 全部返り討ちにしてやったが。
ここにきて、俺は知らず知らず兄達に鍛えられていた、と気づいた。
武術も魔法も、同年代より飛びぬけていた。学園に入ったら勉学もあっさり出来てしまい、自分が拍子抜けした。それは殿下も同じだったようで、俺より先に「つまんない」と言い出した。
ところが、学生生活の途中から、俺は殿下からある国について調査するように言われた。
それが、メチャクチャ大変だったのだ……。
*****
「あの、シンとかいうのはどういう奴なんだ?」
目の前の黒髪の男は、涼しい顔して王室御用達のクッキーをつまんでいる。
話しには聞いたことがあったが、コイツが殿下の幼い頃の魔法の師匠だったとは。
優雅な仕草でマナーも完璧。貴族の子息だと言われても信じるかもしれない。でもこれで祖国では平民だという。更にはフィオレンツィア様といたときは執事見習いだったらしい。今の態度は全く仕える側の気配もみせない。なんなんだコイツは。
俺がかつて必死になって調べた「黒の里」とは一体どんな国なのか。コイツを見ただけで、底知れない何かを感じるのは俺だけなのか?
「逃げられたのが悔しかったのか?まあ、シンは里でも屈指の実力者だからなぁ」
捕虜、として捕らえたつもりだったが、殿下は王族の邸宅にハヤテを連れて来て、来客用の部屋に泊め、殿下の私室でお茶まで出している。
「お前、アイツが1番目だって、知ってたのか?」
殿下が神妙な顔で聞いた。
「シンは、王族を支える豪商の筆頭家の長男だ。ただ、家督は弟が継ぐ。お嬢に求婚した中では里では抜きん出て能力も財力も身分も高い」
「待て!今何か聞き捨てならないことを言ったな」
「ん?どれだ?」
「フィオに求婚した中で?しかも里では?他にもいるのか!?」
ハヤテが白眼視して言った。
「レオ、お嬢が誰か、どんな姫かもうわかってるんだろう?分かってないのは本人だけだ。欲しがる奴は沢山いる」
わーお、殿下が見たこともないくらい落ち込んで、かつドス黒いオーラが滲み出して来てる……。
「どうする?あきらめるか?まあ、お前なら他にいくらでも候補が」
「ふざけるな」
さすがのハヤテも止まった。
「あきらめるなんて、あり得ない」




