19: クソ王子
空には沢山の星が煌めき、眼下には街の灯りが星空のように瞬いている。
そう、眼下には。
あんまり考えたくないんだけど、今私は劇場の屋根の上にいる。
「ず、ずるいと思うの」
こんな高いところを経験したことない。しかも夜だから、遠くに小さな灯りが沢山見えてても、視界は悪くて足元もよく見えない。せめて月明かりがあれば違ったかもしれないけど、今日はそれもない。いや、逆にあんまり見えなくても良かったのかも……。
足が震えそうになるのを、必死で堪えながら、私をガッチリ抱き止めている銀髪の男を見た。
「ずるい?何が?」
風に靡く銀髪を優雅にかきあげて、シンは私を覗き込んだ。
「客席に、レオ達がいるんでしょう?」
まさか、本当に舞台に立たされるとは思わなかった。
一瞬で見つけてしまった金髪に動揺して、シンの口上を聞いてなかった。そちらを見ないようにするのが、精一杯。
最初の挨拶だけ出た。今頃は団員達が芸を次々披露している頃だ。
挨拶を終え、舞台からはけたそのままで、シンは私をこの屋根上まで連れてきた。
「敵を別の方で注意を引き付けて、作戦を遂行する。これの何がずるい?諜報活動なんて真っ当なことだけでは完遂しないよ」
それは、分かるけど……。
「アオイは国に帰るんでしょう?俺も殿下の顔を見れたし、さっさと帰ろ?」
闇夜に美しい微笑みが映える。
シンは改めて私の腰をグっと抱え直して、夜空を見上げた。
どうするつもりか、聞かなくてもなんとなく嫌な予感がする。
国の者は総じて魔力が高い。
そしてそれぞれ得意分野がある。
団員のマキノは変装術が得意だし、ハヤテは隠蔽系、お父様は空間を一瞬で移動出来る、という高等魔法を使える。
このグーラード王国では、魔法が使える者は数十人に1人くらいの割合で、それでも普通は簡単な魔法が使える程度だ。そこそこ魔法が使える者は、大抵、軍や国の重要なポストに就くことが多い。他の国も似たような状況だ。
華旺国の人間が他の国にとって、どれだけ貴重な人材か、双方の国を行き来してる私はよく分かってる。
たから、普段華旺国の人間は他の国であまり魔法を使わない。
なのに、風を操るシンと屋根にいる。
「3人しか招待してないのに、劇場の周りには沢山の兵隊さんがいるからね」
そう言って、シンは私を抱き締めたまま、屋根を駆け出した。
追い風がおこり、足元からもフワリと身体を持ち上げるように空気が動く。
屋根の端まで来たところで、シンは勢いよくジャンプした。
「ひえっ!」
変な声出る。
隣の建物の屋根になんなく着地しても勢いは止まらず、そのまま屋根を駆け抜ける。
何年も住んできた街だから、屋根の上からでもどっちの方向に向かってるかくらい分かる。
シンは道に関係なく、真っ直ぐカーライト邸に向かって走った。
*****
「彼女がエレオノーラ・ベイリー公爵令嬢だ。ノーラ、こちらはフィオレンツィア・カーライト伯爵令嬢。俺の……、幼なじみ、だな」
王宮ではなく、王族の邸宅の庭園で紹介された。
レオに借りていた本を返しに来た所だった。
公務がある時以外は大抵邸宅にいるレオだから、先触れや約束もなしに来ることはよくある。
邸宅前で、微妙な表情のアランに迎えられて、先触れを出しておくべきだったと後悔した。
庭園でお茶会をしていたようで、テーブルにはティーカップやお茶菓子が並んでいる。と、同時に何かの書き付けや、書籍、報告書のような紙の束が、ティーセットよりも広げられていた。
領地経営をしていた才女と聞いた。
けれど、私より小柄で、フワフワしたかわいらしいブラウンの髪に、儚げなアクアマリンの瞳は、王都の貴族令嬢達に引けを取らないかわいらしさだ。レオと並ぶと、2人とも完璧な容姿で、作り物みたいなバランスの良さ。
「フィオ……フィオレンツィアと申します。ごめんなさい。お話し中にお邪魔しました。これを殿下にお返しします」
レオに向かって本を返す。
あれ?これ、私、上手く笑えてるかな……。
「フィオレンツィア様もご一緒にいかがですか?」
優雅な所作で、エレオノーラ様に促された。
付き添いで来てくれたリンが、そっと私の袖を引いた。
「いえ……。あの、この後用事がありますので、失礼致します」
「フィオ」
踵を返そうとしたら、呼び止められた。
「殿下とか言うな。気持ち悪い」
いつものレオだ。
夜会でご令嬢方にする、キラキラしいエセ王子ではない。エレオノーラ様の前で、取り繕っていない。
「失礼、いたします……」
なんとか、1人で立ち去りたかったけど、リンに捕まってしまった。足取りが覚束ない。
「フィオ」
不意に耳元でしっかりとした声がした。
ガシッとレオに腰を抱かれる。
「フラフラしてるぞ、大丈夫か?」
私が、振りほどくより先にリンがサッと私を引き寄せた。って、たぶん今、ものすごい速さでリンがレオの手を叩き落さなかった?
「リ…」
「お嬢様、次のお約束の時間がせまっております。お急ぎくださいませ…」
レオが呼びかけたのを遮って、リンがさっさと私を連れ出してくれた。
ウチの馬車までアランが見送ってくれた。
「フィオレンツィア様、またお越し下さいませ」
「いえ……。そうね、次があるなら、先触れを出すわ。ごめんなさい」
アランが何か言いたそうな顔をしていたけど、何も言って欲しくなかったので、そのまま馬車に乗り込んだ。
沈黙した馬車の中で、リンがボソリと呟いた。
「あんの、クソ王子」




