17: ごめんね
至極真っ当なことを言われた。
そうだよね。
分かってる、分かってる。
「あの、おわかりになりました?」
ちょっと不安そうなアクアマリンの瞳で私を覗き込む彼女は、とても丁寧な人だった。
ひがみっぽくもなければ、横柄でもない。
よく夜会で絡んでくる、何か勘違いしてる視野の狭いお嬢様方とも違う。
ちゃんと、自分の立場と役割を理解して、適切に行動することが出来る、大人の女性。
確かに、この聡明さを厭う貴族男性も多かろう。でも、木偶だと思われてる三男にはちょうどいい婚約者だ。
「ごめんなさいね、わたくしも、こんなこと本当は出すぎたことだと思ってはいるのですが……」
「……。いえ。当然のことと……」
ほら、私なんてまともな受け答えすら出来ない。
「気を悪くされたら、申し訳ないです。でも、今後のフィオレンツィア様のことを考えても、レオ……、レオンハルト殿下と距離を置くことをお勧め致しますわ」
*****
……オ……
……アオイ?
「アオイ!」
ものすごく近くで名前を呼ばれたのに、自分のことだと気付くのに遅れた。
それだけ、「アオイ」より「フィオレンツィア」でいることに慣れていたのね。
「大丈夫?うなされてた」
かなりな至近距離に美しい顔がある……。
「だだだ、大丈夫!って、近い!近いから!」
いつの間にか眠っていたらしい。しかも、ソファーに座ったシンに横抱きされていた。
検問からバラバラで逃げた後、結局興行を依頼されてる劇場に集まった。
アランに劇場名を言ってしまっていたけど、シンは
「どうせ王都に入ったことは知れてるし、今更隠れてもアレじゃあすぐに見つけられるよ?」
と、あっけらかんと言った。
アレ、って……。
シンはレオを見て、彼の魔力を一目で見抜いたらしい。確かにあの時、レオは自分の能力を隠してなかった。あんなに全開で魔力を纏わせているのは、久々に見た気がする。
劇場主だという大柄な男性が取ってくれた宿に移動して、部屋に落ち着いた所からよく覚えてない。
「気を張りすぎて、つかれちゃったんだよ。部屋に着いて、ストンってソファーに座ったら、そのままスーって寝ちゃうから、ビックリした」
私が一生懸命距離を取ろうとしてるのに、シンは全くお構い無くニコニコしながら抱き締める手を緩めてくれない。
そもそも、この部屋にシンと2人きりだし!
「で?アオイはこのまま国に帰る、ってことでいいんだよね?」
念押しのように聞かれた。
それに素直に頷く。
1年かけて蓋をして、自ら動かなくてもタイミングが来た時に、もう覚悟を決めた。
「国に帰ったら、俺と結婚してくれる?」
どストレートに来た……。
「それは……、あの……、もうちょっと、考えさせて……」
確かにかなり前から求婚されてた。
それにずっと蓋をして逃げてたことは認める。でも、今、こんな状況でシンに応えることなんて出来ない。
「アオイのことだから、こんな状況で応えられない、とか思ってるんでしょう?」
図星すぎて固まった。
「うう……。それも、あるけど、ええと。もし、シンと結婚したら、ど、どうするの?」
綺麗な顔がキョトン、とした。
「こないだも言ったけど、もう諜報活動はやめるよ?この仕事、潜入とか入ると平気で年単位越えることもあるし、毎日アオイに会えないでしょう。家はマナトが継ぐし、まとまった財産もあるし、実は結構自由な身なんだよね。あ、いっそ、世界中旅しちゃう!?」
今までまるで考えたこともない提案に、唖然としてしまった……。
「あの……。結婚とか、とりあえず置いといて。私、父上に「突然去る日」が来るから、そしたら国に帰って来い、って言われてるんだけど。今回もレオ云々とかじゃなくて、お父様にそれを言われてお屋敷を出てきたんだけど……」
「うん。知ってる。マサユキ様から聞いて、迎えに来たんだよ?」
「えっ……。シンは、私の知らない「突然去る日」の理由を知ってるの?」
シンは優雅に微笑むと、私の頬にそっと唇を寄せた。
「知ってる。けど、教えてあげられない」
「ななな、なんでっ!?」
触れられた頬を手でおさえる。
「マサユキ様に口止めされてるから。でも、アオイが直接聞けば教えてもらえるよ」
国を出る時は、絶対教えてくれなかったのに、戻るとなったら違うの?
「さて、今日はもう休もう。ここはアオイの部屋ね。俺は隣の部屋にいるから」
膝上にいた私を、シンはそのまま抱き上げて立ち上がった。
「ひゃ!」
変な声を出した私をクスリと笑い、そのままスタスタと奥にあるベッドの方へ運んでくれた。
シンは顔が女性のように綺麗なのに、さすが仕事柄、身体は鍛えているようでしなやかな動きをする。
ポフン、と優しく下ろされた。
髪を撫でられる。毛先に唇を落とすのを、心臓が痛いのに見つめてしまう。
「美しい黒髪。俺のものにしたい」
信じてなかったわけじゃないけど、始めて見る熱を持ったシンのグレーの瞳に、本気を知る。
「……ごめん、ね」
呟くと、シンはフッと優雅に笑って、私の頭をポンポンして、スルリと部屋を出ていった。




