13: 思い出す2
「フィオ、どこ行くんだよ」
「うるさいな。ついてこないで!」
よく知った森の中をズンズン進む。
幼い頃からよく来ているここは、私にとっては庭みたいなものだ。
そう、たかをくくっていた。
「ハヤテに怒られたのか?」
「ついてこないで!」
今はレオといたくない。
獣道をブーツで踏みしめながら振り返らずに歩く。
*****
王都のお屋敷と領地が近いので、シーズンとか関係なく行ったりきたりするのに、レオも一緒に来ることに違和感がなくなってきた頃、
「お嬢、来週からはレオンハルト殿下はこちらへはいらっしゃいません。学園に通う準備に入るそうです」
ハヤテにそう告げられた。
国立の全寮制の学園に、レオの兄2人も12歳から15歳まで通っていたのを知っていたので、レオも行くことに特に疑問は持たなかった。
けど、次の言葉で絶句した。
「学園に入られましたら、こちらでのことは全て忘れるように、と陛下からお二人に伝言です」
「……なんですって?」
一瞬、何を言われたのか本気でわからなかった。
だって、最初に嫌だって言ったのに、お友達になって欲しいって言ったのは、陛下じゃないの!
「なんで?どうしてそんなこと言われなきゃいけないの?」
ハヤテに詰め寄っても意味がないことくらいわかってる。
「アイツは学園を出ると社交の場に出る。これが何を意味するか、わかるか?」
いつもの口調に戻ったハヤテは、心底嫌そうな顔で言った。
「「黒」と付き合いがあったと分かれば、またアイツは貴族達の噂の的だ。王族と貴族の信頼関係にも影響するかもしれないし、何より」
まだ、そこまで自分達の容姿が疎まれるものだとハッキリ認識出来てなかった私には、ピンと来なかった。
「縁談に響くだろ」
えんだん……。
レオが誰かと結婚する、の?
「……、そう、なの?そんなに、黒は、ダメ?」
「ダメじゃない。ダメだと騒いでる奴らがいるだけだ。この国には多い。それでなくても攻撃されやすいアイツに、更に俺らが弱点になったら悪いだろ」
魔法の練習の時にはビシバシ叱って、言い争ってお互いツンケンして見えたのに、ハヤテは意外とレオのことを気に入っていたのね。
「それ、レオにも言うの?」
「言う。陛下からのお言葉だからな」
「……。私は、忘れないから……」
「お嬢……」
「陛下も、勝手すぎるわ!」
どこにも向けられない感情をハヤテに八つ当たりして、お屋敷を飛び出した。
さすがにもう13歳にもなって、癇癪を起こして飛び出すなど、はしたないことだとはわかっていたけど、感情がコントロールできず、一人になりたかった。
*****
「フィオ?戻ろう?」
最初の頃は、威張ったり怒鳴ったりしていたレオも、長く付き合ってくうちに、心根は優しい意外と繊細な男の子だとわかってきた。ふてぶてしいのは変わらないけど。
たまに見せる優しい顔で心配された。本気で心配されてる、って分かる。
でも、止まらずに、森の奥にある湖まで来た。
いつの間にかレオと手を繋いでいた。
獣道を本人はズンズン歩いていたつもりが、レオにはヨタヨタしてるように見えたらしい。
そんなに大きくもない湖で、澄んだ水を見ていたら、苛立ちは収まったけど、何か違う感情が沸いてきた。
レオが、心配そうに私の顔を見て、驚いた。
「なんで泣いてんだよ!俺、何かしたか?」
珍しく焦ってる。
「レオは、私のこと、忘れる?学園に行ったら、私のことなんか忘れてしまうかしら?」
「ああ、父さんが言ってたやつ?」
レオはあっさり言った。
「知ってたの?」
「知ってた、っつーか直接言われたし」
そのあっけらかんとした態度に、怖くなった。
レオは本当に忘れてしまうのかしら?
二年くらい?そこそこ長い間一緒にいて、仲良くなれたと思ったのは私だけ?
次に会ったら、「殿下」として初めて会ったように振る舞わないといけないの?
指先からヒヤっと冷たくなっていく感覚だったのを、力強く握る手で我に返る。
レオの顔を見た。
黄緑の瞳が、こちらをしっかりとらえている。
「忘れない。忘れるわけないだろ」
出会った時は、まだ私の方が背がちょっと高かったのに、この頃はもう目線が同じくらいで、レオのキレイな顔が横並びだったから、瞳がやけに澄んで見えた。
その瞳が、優しくふわりと細められた。
「父さんが何を言ったとしても、関係ない。俺はフィオのこと忘れたりしない。フィオは?フィオは俺のことを忘れるのか?」
ブンブンと勢いよく首を振ったら、涙が飛んだ。
「クッ、泣いて……、顔、ぐちゃぐちゃ」
「う、うるさいな!」
「この顔も忘れない」
そう言って、頬の涙をスルリと指でなぞった。
恥ずかしい、という感情よりもビックリした。
「なあ、フィオ。俺、もう一回アレをやりたいんだけど」
私が落ち着くのを待ってたのか、しばらくしてレオが言った。
「アレ?」
「同調魔法」
レオがウチに通うようになったとき、最初に1回やってから、ずっとやっていなかった。
忘れてた、わけじゃないけど、レオの魔力コントロールの練習に明け暮れていたら、実践する機会がなかったのだ。
「で、出来るかな……」
あの時は、お互いに意思を合わせてやったわけではなく、偶然同時に魔法を使っていた。
「出来るさ。だって俺ら、相性いいんだろ?」
いたずらっ子みたいにニヤリと笑って、レオは湖に近づいた。
「どうするつもり?」
「そうだなぁ……」
呟いて、突然
「虹が見たい!」
「虹って、あの雨上がりに晴れてたりすると空に出る……あの虹?」
空に浮かんでるようなものが、ここで見れるの?と不思議に思っていると、レオが説明してくれた。
それによると、たまたま庭師が植物に水を撒いているのを見かけた時、小さく虹が出来ていた、というのだ。
「多分、細かい水に光が当たれば出来る……と思うんたけど」
「水を細かく……って、どうすれば?」
2人で湖のほとりで、うーんと唸ってる。
「雨でも振らすか」
とんでもないことを言い出した。
「どうやって!」
「湯浴みとか噴水でさ、大量の水を一気に落とすと、細かい水が飛び散るだろう。アレをもっと大きくやれば……」
「沢山の細かい水が出来る?で……、でも私実は水を操るのニガテなのよ!」
「大丈夫。俺が得意」
ニッと笑って、両手を前に付き出して、水を操るための詠唱を初めてしまった。
「フィオも」
レオが水面にザアっと風を起こし、波紋が広がる。そこまで大きくない湖の全面がグニャリと歪む。
慌てて同じように手を付きだし、神経を集中させた。
「全部じゃなくていい。バスタブ4~5杯分くらいの水を持ち上げるぞ」
「うん」
チラリとレオの方を見たら、いつもは黄緑の瞳が深いグリーンに変わってる。
魔力コントロール練習で、魔法を使っていた時には変わらなかったのに。
同調魔法を使うときだけ変わるんだ。ということに気付いた。
そして、あの時と同じように、ふわりと何か暖かいものに包み込まれるような優しい感じがする。
2人で集中して、湖の上に大きな球体の水を持ち上げることが出来た。
最初は、お皿のように平たい丸で持ち上げようとしたけど、形が安定しなくて慌てた。試行錯誤して、球体が一番やりやすいことを発見。
そして同調魔法を使うと、レオが次にどうしたいのかが会話してなくてもなんとなく分かった。
もうちょっと下に力を入れよう、とか、風が出てきたので表面が揺らぐのを押さえよう、とか。それに私も魔法を合わせた。
もしかして、リンとハヤテの心話もこれに近いのかしら?と気付いた。
「じゃあ、いくぞ。せーの!」
レオの掛け声と共に、保っていた魔力を一気に抜いた。
丸のまま落ちるかと思った球体は、途中でグニャリと形を変え、でもまとまった状態のまま湖に落ちた。
ざはーん!と盛大な音とともに、巨大な波が岸に乗り上げて、私達2人の上に勢いよくかかった。
2人とも唖然としていると、空気にキラキラと散った細かい水が光に当たっているのがわかった。色が層になったアーチを描いていることも。
「……虹、出来てる!!」
私が叫んでレオを見れば、金髪から水を滴らて、顔の水すら拭うこともせず、空に浮かぶ虹を食い入るように見ている。
ゆっくりその顔がこちらに向いて、今まで見たこともないようなまぶしい全開の笑顔で言った。
「フィオレンツィア!お前、最高だな!!」
*****
もちろん、びしょ濡れになって帰ってきた私達は、リンとハヤテだけでなく、お父様にもこっぴどく叱られた。
でも、2人で何をしてきたかは言わなかった。
絶対忘れない約束と、あの虹は2人の秘密になった。




