12: 庭園
「失礼致しますわ。突然お帰りになるものですから、何かこちらに不手際がこざいましたかと思いまして、こうして謝罪に伺いましたの」
そう言いながら、ズカズカと部屋に入ってきたエルゼバン公爵夫人は、パーティーの時のドレスのままだった。
レオと私は向かい合ってティーカップを持ったまま、それを呆然と見ている。
夫人の後ろから、娘のエレン様も一緒に付いてきていた。
そのまた後ろには、顔に「あちゃー」という文字が書いてあるかのようなアランがドアを支えている。
「不手際など何もない。退出してもらえるか」
いつもはご令嬢方には気持ち悪いくらい丁寧な王子喋りなのに、今は底冷えする程の冷気をまとった平坦な声だ。
多分、夫人はレオと私が突然いなくなって、焦って追いかけてきたんだろう。
夫人はこちらを見て、ティーカップに視線を向けて言った。
「あら、ウチのお茶会ではご満足頂けませんでした?お詫びのお品を持って参りましたので、お納め頂けます?」
さっきから、夫人はレオの態度や言葉を一向に気にしてない。いくら三男とはいえ、王子にこの態度は不遜以外のなにものでもない。
そうか。
巷で噂されている、「令嬢には笑顔でそつなく優しいけど、政務においては使えない王子」っていうのを信じているのね。そして、それを理由にレオのことを軽視してる……。
夫人の後ろにいたエレン様が、手に奇麗にラッピングされた小さな箱を持って、レオの目の前のテーブルに置いた。
「こちら、我が領土で取れました茶葉ですの。レオ様のお口に合えばいいのですが……」
うわ、「レオ様」呼び。
令嬢同士のお茶会の噂話などで、キャッキャとはしゃいで呼ぶのはまだ許容範囲かと思うけど、本人を目の前に許されてないのにその呼び方でお声をかけてしまうのは、どうなのよ……。
と、至極真っ当な感想が頭をよぎったけれど、実際はカチンと来たのだ。
―――「レオ」呼びしていいのは身内だけなのに。
思わず、持っていたカップをガチャンと乱暴にソーサーに置いてしまった。
「フィオ?」
目の前のレオが訝しげにこちらを見る。
いたたまれなくて目線を合わせられない。
私、なんて傲慢なことを―――
自分で自分が恥ずかしくなった。
「レオンハルト殿下、急ですがこれで失礼させていただきます」
飲みかけの紅茶を置いて、失礼にならない程度のスピードで部屋を出た。
後ろからレオが「フィオ!」と呼んでいるのは聞こえたけど、立ち止まれない。その後に続く婦人の「なんてはしたない」とかなんとか言っているのも遠ざかる。
追いかけてきたアランが「馬車でお送りします」と言ってくれたけど「いえ、結構よ。ありがとう」といった瞬間に、ものすごい低音が聞こえた。
「待て」
ちょっと乱暴なくらいの力でレオに腕をつかまれる。
今、足音とかしなかったんですけど。
「殿下、女性にはもう少し優しく……」とアランが言いかけてるのも無視して、レオはグイグイと私を邸内ではなく、外の庭園のほうへ引きずって行った。
「ちょっ……、殿下!離して……、離して下さい!」
王族専用邸は、実は世間で思われているよりずっと質素だ。
かつては絢爛豪華に作られていたらしいけど、現在の陛下の「いらないねぇ」という一言で、建物はそのままに内装をかなり変えて、公爵家よりも大人しいくらいのインテリアだ。
その代わり、代々手入れを怠らず管理している庭園は見事なもので、貴族の間でもここに入りたがる人は多い。
レオやウォルター様が言うには、王族的にはそんなつもりはないのに、ここに入れることが一種の貴族のステータスに勝手になっているらしい。それを聞いて、私は何度も訪れているので、微妙な気持ちになった。
「殿下とか言うな」
庭園の中頃まで来て、ようやくスピードを落としてくれた。
「じゃあ、レオ、離して」
「ダメ」
掴んでた腕を、一旦離したかと思ったら、手を繋がれた。
なに!?急に。
咲き誇る花の生垣を抜けた先には、小さな噴水とベンチ、奥には四阿があった。こんな奥までは来たことがなかった。
「エルゼバン公爵夫人とエレン様は?」
「知るか」
さっきからカタコトしか喋らないな。
「いつもの気持ち悪いくらいのキラキラ王子はどこ行ったのよ」
「そんな風に見てたのか」
あ、ちょっと、クッて笑った。
手を繋いだままベンチまでたどり着き、レオが先に座る。「ん」と目線で横を見るから、大人しく隣に座った。
しばしの沈黙のあと、おもむろにレオが言った。
「さっきのお茶会で、公爵夫人に娘と婚約してくれないか、と打診された。他の客の前で」
……。
うわあ……。
なんという強行手段。
あれか、夫人は私の足止めにアーネストを使ったのか。
「王族への婚約の申し込みにしては、ずいぶんと大胆ね」
皮肉っぽく言ってあげた。
「あそこの領地には、上質な金や、鉱脈がある。それを後ろ楯にしろ、ってことだろ」
「それ、レオナルド様やウォルター様が聞いたら、怒り狂うわよ……」
「だな。言っとく」
はあ、とめんどくさそうなため息をついた。
「で?あの二人は?」
「知らん」
そう言って、突然ゴロンと私の膝の上に頭を乗せた。
「レオンハルトさまぁ~!どちらですのぉ~!」
間が抜けた甲高い声が立派な庭園にこだまする。後ろからアランの焦った声もするが、どうやら庭園に入るのを止められなかったようだ。
当のレオは、目眩ましの魔法を放って目を閉じている。
「どうするんですか、あれ」
目眩ましの魔法は見えなくなるだけで、声は聞こえてしまう。
小声とはいえ喋った私の口を下から延びてきた手で塞がれた。
抗議の目線を向けても瞳を閉じたままだ。
小春日和の昼下がりの風はとても気持ち良く、私もなんだかウトウトしてきてしまった。
ふと気づくと手は離れ、レオは本気で寝入ってしまったようで、すうすうと規則正しい寝息が聞こえる。
アランが上手くやってくれたのか、あの一声だけで、後はずっと静かだった。
*****
多分、こういうことが少なからず今までもあったのだろう。そして、レオが婚約するまで何度もあるだろう。
上2人が優秀すぎるせいだけでなく、見目麗しいことしかない第三王子は貴族の噂話の格好のネタだ。
本当は違うのに。
幼い頃の、魔力をコントロール出来ない彼を陛下はなるべく隠そうとなさった。
アリーナ様の後添えに反対していた大臣達に、それみたことかと攻撃される餌として与えるつもりはない、と。
かなり派手に魔力暴走していたレオを、これ以上王宮に置いておけず、旧知の仲だったお父様の領地に滞在している時に、私と出会った。
手負いの猫みたいなレオに、私がというより、ハヤテとリン、更にはお父様が魔力コントロールの仕方を教えて、思ったよりも飲み込みの早いレオに、宮廷魔術師は何をやってるんだ、と皆で思ったものだ。
あまりに膨大な魔力をコントロール出来るようになる頃には、陛下にとって不安材料だった三男は、いざというときの隠し玉に変わっていた。
レオ自身も、それを望んだ。
「どうせまだ文句言う奴はいるんだろ。これから学園もあるし、さすがに卒業した後の大人の俺を表だっていじる奴は……、排除だろ」
そう言って、まだ少年のくせにいやに色っぽくニヤリと笑った。
そうして社交界へも顔を出すようになったレオを、くちさがない貴族は影で見下し、令嬢達は王族とはいえ重責の少ない楽な結婚相手としてロックオンし、野心があり適齢期の娘を持つ貴族はコマとしてレオを手にいれようとする。
それを、彼はなんともない顔をしてスルスルとすり抜けているのを、知ってる。
知ってる。
本当は、一人ひだまりで静かに書物を読むのが好きなこと。
香辛料の効いた料理が苦手なこと。
魔法がものすごく使えるくせに、剣術を習い始めたらそっちが楽しくなって、毎日の訓練を欠かさずやっていること。
レオのことなんか、沢山知ってる。
でも、わからないこともある。
こうして、私に気を許してくれているけど、どうして?
幼なじみの気安さの延長?
それとも……、それとも少しは期待していいの?
この、柔らかな金髪を撫でられるのは、私だけ?
だけど、この緩やかで穏やかな時間が長く続かないことを、この時の私は知っていた。




