別れ
しかし、回りの取り巻きたちは、そんな控えめさを弱気ととらえ、盛んに煽っていく。
1年も経つと自分が50代だという事すら忘れる時があった。
俊之ももう一度、現役に復帰し世界を股に掛けて活躍する夢を描き出す。
愛子も回りからの絶賛に気をよくして、もう一度芸能界に復帰をしようと考え始めた。
仕事が忙しくなるにつれて、お互いすれ違いの時間が否応なく増えてゆく。
「僕たちは昔、別れてしまった。それは間違いだったと知っている」
「そうね。見た目は若いけど、さんざん苦労してきたのだから、同じ間違いはしないわ」
何度も自分に言い聞かせながら、二人は暮らしていくが、若さという魔物は、彼らの気持ちをどんどん変えていく。
若い体の活力が新しい冒険を求めるのだろう。
ついにお互いの気持ちをぶつけ合う日が来た。
二人は同時にしゃべる。
「だから、お互い、少しだけ距離を置いて生活した方が良いと思う」
二人は同じ結論を出していた。
最近の脳科学では、悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しくなるという結論を出している。
笑うから楽しくなる、若いから無鉄砲になる。
肉体が精神を支配しているのが現実なのだ。
その時、時間が止まった様な気がした。
俊之が荷物をまとめ始める。
無言のままにづくろいをしてドアを開ける。愛子は黙って座ったままだ。
俊之はマンションを出て駅に向かう。
止まった時間が動き始めた。
二人が離ればなれになった時、若かった体の体内時計がものすごい勢いで元の50代の体に戻ろうとしている。
二人の別れが、神の奇跡を無効にしていく。
10分ほど外を歩いた時、俊之は強い疲労を感じ始める。
軽々と持っていた荷物が重く感じ始める。
体がしぼんでいくようだ。近くに駐車しているバイクのバックミラーに自分の顔を写してみる。
そこには20代の俊之の顔はなかった。元に戻り始めている。
めまいがする。今までの人生が走馬燈の様に思い出として甦ってくる。若い脳が一気に50代に戻ろうとしているのだ。
よろよろと横断歩道を渡りきったとき、視線を感じて後ろを振り返る。
愛子が横断歩道の所にいた。俊之を追いかけてきたのだ。




