第九話
石作皇子から「ごめん」とだけ書かれた手紙とも呼べないものが届いた。なんなんこの人?
まあいい。最近の私は大変機嫌が良いのだ。実は遂に大伴御行も求婚者レースから脱落したのである。なんか知らない遠いところで私が知らないうちに失敗したらしい。石上麿足からの手紙では、大伴御行に離縁を申し付けられた元奥方は散々な大伴御行に腹を抱えて笑い転げたとか。薄々思ってたけどこの元奥方のキャラクターの方がなんか悪役令嬢っぽくないか。ざまぁが成立している点がさ。
とにかく五人の貴公子編が終わったというわけだ。ここまで長かった。原作は数年単位でやってたけど。なんかどれも濃かった気がする。
ここまですれば原作通り、帝の耳に私のことが届くと思う。
ただ二人に協力を願えるのはこれっきりだろうな。流石に帝に関しては不敬と捉えるはずだ。石上麿足とついでに石作皇子にはお世話になった。
そういえば石上麿足からの最後の手紙には不思議なことが書いてあった。曰く「姫の考える燕の子安貝とはどのようなものか」と。
最後の最後に答え合わせでもしたいんだろうか。気になるのなら答えるのもやぶさかではない。
前にも言ったが、燕の子安貝はツバメが生んだ貝殻のことではない。恐らく造巣の過程か何かでツバメが外から持ってきたものだ。
伝説ではツバメが産むもので、人の目に触れると消えてなくなってしまうものらしい。いい加減な話だよね。それじゃあどうやって貝殻だってわかるんだよって話だし。
だからツバメが持ってきた貝を拾ったか、もしくはそれらしい貝を巣に放り込んだか。ようはツバメが抱卵していればいいのである。
そうなると一番それらしい貝とはタカラガイになるのではないだろうか。特に黄色いタカラガイ。多分文学少女として想像する「燕の子安貝」ってそんなイメージだ。
そんなことを書いて送ってから数日経ったある日。すっかり油断していた私は石上麿足の来訪に首を傾げることとなる。
別に遊びに来て悪いことはないけど、石上麿足にそんな印象はない。これが石作皇子だったら納得しちゃうけど。
しかし来た彼は一人きりだった。
「お久しぶりですね、中納言。今回は何用ですか?」
自分で言っておいてなんだが本当に久しぶりのように感じた。何でかなと思ったが、石上麿足が鉄面皮なのだ。怖いくらいの真顔。まるで初めて会った時のよう。あれから関わりが増えてそこそこ表情を見るようになっていたからなんだか逆に新鮮だった。
石上麿足は必要以上に恐縮していた。
「はい、今日は以前かぐや殿に出されていた難題を解決しに参りました」
「難題?」
「こちら、燕の子安貝です。どうぞお納めください」
は?
石上麿足の差し出した小さな桐箱を見つめるも正直理解が及ばない。声も出さない私に焦れたのか、石上麿足は自ら箱を開けた。
「かぐや殿の助言通りタカラガイをツバメが作った巣に放り込み、幾日か卵と一緒に抱卵させました。その過程で突かれたのか少し傷が残りましたが……紛れもなくご所望の燕の子安貝でございます」
んな。え、……は?
私の助言、助言?
「冗談?」
「いいえ。真面目でございます」
「ええと。貴方、私に興味などなかったのではないの」
「ええ、以前はそうですね」
以前はそうですねって。おいおい。
「まさか私が欲しいの?」
「…………はい」
少しの沈黙から、石上麿足はきっぱりと言い切った。
「かぐや殿。貴女の唯一の失敗は俺から挑戦権を奪わなかったことです。俺はお題の未達も達成もせずに貴女様の油断に付け込めた。お忘れだったかもしれませんが、俺も正真正銘、求婚者の一人だったのでございます」
徐ろに立ち上がった石上麿足はずんずんと進んで、御簾を捲りあげた。突然のことで咄嗟に扇子で顔を隠すも、多分見られた。わああバカバカバカ、常識的な行動しかしないんじゃないんですか!
石上麿足は少し目を見開いてから、きゅっと眉間に力を入れた。
「この子安貝が偽物だと看破出来ないのなら、貴女は俺の妻となる他ないのです」
爺さんが驚いた声を上げるが、止める気配はない。というか出来ないのだ。すべて石上麿足の言う通り。私があらかじめ妻になる条件を提示して石上麿足がクリアした。これを覆す事は出来ない。
こうして私は石上麿足に捕まってしまったのである。




