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第十話


 とはいえ妻問婚が普通なので、連れ去られるようなことにはならなかった。あぶねぇ時代のルールに助けられた。

 だからこうして昼間っから笑い転げている石作皇子を見るハメにもなっているんだけれども。なんなんこの人? ほんとに。もちろんいくら昼間とはいえ新婚の妻にこっそり会いに行けば何もなくてもかなりまずいことなので、鉄面皮の石上麿足も同席している。というかつまらなそうな顔で見下ろしている。


「もう餅も食べたのか?」

「食べましたけど、何か」


 私の結婚は爺さんとしても望外の喜びなので。というか最初のきっかけは爺さんが五人の貴公子から一人を選んで欲しいと願ったことなので、当たり前なんだけど爺さんに否やはない。この時代はどうしても家長が一番えらい。爺さんがそうと決めれば私に拒否権が無いのが普通なのだ。むしろ私にちゃんと意見を聞いてくれているだけ爺さんは良心的である。

 それに相手が石上麿足であることも爺さんはホッとしたことらしい。他の貴公子達に比べて断然為人がわかっているからね。内容はともかくたくさん文のやり取りもした。私と一番仲が良い貴公子だと思っているんだろう、爺さんは。否定はしないけどさ。

 餅を食べるとは、三日夜餅のことだ。結婚に必要な儀式だと思ってくれれば良い。もちろん爺さん婆さんが張り切って用意してくれた。もう実質的に私は石上麿足の妻だ。


「まさかかぐや殿が麿足に捕まるとはね。すごいぞ車持のやつ。手が付けられないくらい泣いてさ」


 私だって意外だ。

 どこの世界に帝はおろか、石上麿足とくっつくかぐや姫がいるっていうんだ。


 しかし本当に夫婦と言っていいのか微妙なところがある。石作皇子には絶対に言わないけれど、実はまだ一度も手を出されていないのだ。餅は食べてるのに。

 なぜそんなことになっているとかというと、単純に気まずいからである。


 少なくとも私は石上麿足を意識しないで来たから、今更夫婦と言われても全くピンと来ていない。そして石上麿足はそんな私に無理強いするような男でもない。多分あちらにも「かぐや殿を騙し討ちして手に入れた」みたいな認識がある。

 一応同じ部屋で休むし、顔を見せて語らいもしている。ただそれに関しても上手くは行っていない。

 それは十中八九私が美しすぎるせいだ。確かに美貌で評判になったかぐや姫だけれど、そもそも石上麿足は垣間見をしてなかった。頭では美人だと知ってはいたが、実際見た私が予想の十倍美しくて戸惑っている感がある。美しくってごめんなさいね。寧ろなんでそんな状態で私に求婚したんだこの人。

 私相手に緊張して身を固くしている石上麿足を見ると寂しい気持ちにもなる。多分夫婦になる前の方が自然に話せていた。


 私の方の気持ちも、石上麿足の気持ちも時間と共になんとかなる、といいなとは思う。


 そう、そう思う心はあるのに。確かに思っているのに。同時に酷く焦れる気持ちもある。焦っている。怖いとも思っている。

 かぐや姫だと自覚した時に抱いていたなんとかなると楽観視する気持ちも今は萎んでしまっている。それなのにどうしたらいいかもわからない。


 どうしよう。

 私、月のことが怖い。




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