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第七話

 さてまた日にちが開く。

 石作皇子はわかりやすいもので、車持皇子が求婚失敗した途端手紙が目に見えて少なくなった。本当に私に興味ないな。今更燃えられても困るから別にいいけどさ。

 しかし引き続き石上麿足とは密に情報交換を取り合っていた。というのもいよいよ阿倍御主人の部下が件の大宰府より帰還したのである。こちらの依頼通り随分吹っ掛けたらしい王慶が報せてきたのだ。大宰府は他に商人がいる。それをバトンのように繋いで繋いで麿足の部下の部下くらいに渡したのである。案外律儀な男というかなんというか。

 美しい皮衣を持たせて帰したと記してあったらしい。石上麿足はなにも感じなかったが、私は少し安心していた。

 五人の貴公子に出した難題の内、実在するのが火鼠の皮衣と燕の子安貝だからである。

 とはいえ本当に火鼠がいるわけではない。燃えない繊維があるというだけのこと。現代人なら聞き覚えがあるだろう。アスベストである。

 アスベストは古代中国では既に発見されていたものらしい。万が一王慶がアスベストを見つけて売ってしまったら、なんて心配もチラリとしていた。ただ美しい皮衣ならまず違う。アスベストに美しさはない。

 ちなみに燕の子安貝は国内にいくつか現存している。とはいえツバメが貝を産むわけないので、巣作りの過程で貝を拾ってきただけだろうけど。謎に埼玉にあるのだ、海無いのに。閑話休題。


 あと大伴御行にも動きがあった。彼は部下に竜の首の玉を取りに行かせていたのだが、ちっとも報告が上がってこないことに痺れを切らし、彼自ら海に出ることにしたようだ。これも石上麿足からの情報。自滅へのカウントダウンが始まっている。


 ともあれ問題は阿倍御主人である。

 彼は事前にこちらに来訪を報せてくれた。正直助かるがそのせいでまた物見遊山で石作皇子が来てしまった。いい加減コイツ止めろ。石上麿足も一緒だけどまだこっちはいい。彼は仕事だからだ。

 ただ今回は前回と違って阿倍御主人にいることがバレるとマズいので大人しくはしているはずである。していて。頼むから。


 阿倍御主人は第一印象と変わらずやはり恰幅が良かった。そういう演出をしていた車持皇子と比べるのは悪いが、身なりもかなりいい。そりゃそうか。彼は五人の貴公子の中で唯一自分で動かない。石作皇子も自分で御鉢を探しに行ったし、車持皇子は職人と寝食さえ共にしたが、阿倍御主人は日常生活の延長でここにいる。印象も何も変わるはずがない。そうできるだけの富があるということだ。

 そういう余裕がそのまま人柄に出ている。


「これは唐土の商人から買い求めた物です。かなり無茶を言って売ってもらった物でしてね」


 王慶も商人だ。いくら鴨葱とはいえそれ相応に見栄えのある物ではないと騙せないと張り切って探したようだ。そう簡単に行き来出来ない時代に確かにコイツは無茶だ。

 阿倍御主人が蓋を開けて見せた。滑らかな毛皮が入っている。御簾越しでも見事に見えた。

 ゴワゴワのいかにも肌触りの悪そうなアスベストではない。私の勝確である。


「そういえばこれを買うために博多へ向かった部下が言うには、物部大麻呂を見かけたと言うのです」


 さっさと燃やして終わらせようと思っていた私に、阿倍御主人はニコニコとそんなことを告げてきた。

 何を聞かれているのかわからず、ほとんど何も考えずに首を傾げてしまった。


「はあ、どなた様です?」


 阿倍御主人は何故か御簾越しで顔も見えないはずの私を注意深く観察しているようだった。一方その頃私はようやく頭が回り始めてきた。

 待て待て待て待て。物部某のことは本当に知らんが、博多に使いをやった奴は知ってるぞ。まさかそいつは石上麿足の部下の名前じゃないのか。

 あの有能、流石、大変素晴らしいの部下くんの名前が物部大麻呂?

 もし仮にそうだとして、大宰府で阿倍御主人の部下にいたことが把握されてるってことかよ。有能取り下げていいかな。

 いやそれよりもまず考えなきゃならんのが、なんでこのタイミングでその名前を出されたのかについてだ。


 なんで阿倍御主人はかぐや姫にカマをかけたんだ?


 当然かぐや姫と石上麿足が繋がっていることを疑ったからだろう。実際手を組んでいるので強く言い返せないが、なんで疑われたんだろうか。石上麿足の部下が阿倍御主人の部下を追って大宰府に現れた、までの情報なら石上麿足が妨害にやってきたと思うのが自然のはず。王慶を尋問したとてかぐや姫の名前は出なかったはずだ。

 なんだろうと考えて、すぐさま自分で答えが出た。そういや私、石上麿足の部下くんに心付けを渡してたわ。どうやったか知らないがそこからかぐや姫に辿り着いたとか? あり得ない話じゃないがこれがドンピシャだったら阿倍御主人怖すぎるだろ。どんだけ把握してるんだ。

 ……いや、今は過ぎたことを考えても仕方がない。考えるべきは阿倍御主人の狙いだ。ここでこの話をするということは、石上麿足側ではなく、私に対して要求があるということではないのか。

 それが何なのかわからない内には下手に動揺を悟られたくはない。案外IQ低めに答えたの、ファインプレーかもしれない。


「なるほど、姫君はご存知ないと」

「申し訳ありません、直ぐに出てこず。右大臣の大切な方でしたか?」

「いえいえまさか。だが中納言は良き家臣に恵まれたものです。あれほどの忠義者もなかなかおるまいというお話です」


 やだこの腹の探り合い。近くで聞いているだろう石上麿足は息してるかな。

 私はすっとぼけ継続中なわけだが、これも意味があるのかどうか。金の流れを見ているのなら今のこの私も、阿倍御主人から見ると空々しいのだろうなあ。

 阿倍御主人は何も気にせず箱に収まったままの火鼠の皮衣(偽)を手に取った。


「先ほど言った通りこれを手に入れるにはそれなりに無茶をしましてね。なんと申しますかその無茶の途中でふと気付きがあったのですよ」

「気付き、ですか」

「ええ。聡明な貴女様ならこれを燃やしてしまおうと考えるだろうなと」


 おっと。どういう意味だ? 火鼠の皮衣なら燃えないだろってツッコミ待ちか?

 いや違うよなあ。多分阿倍御主人はもうこれが火鼠の皮衣だとは思っていないんだ。大宰府で石上麿足の部下を見かけたという報告を受けてから妨害をずっと疑っている。

 だから燃やせば燃えると思っている。


 つまり要求はこの火鼠の皮衣を燃やさずに、自分の求婚に応じろ。そんなところだろう。


 もちろんかぐや姫としてこの要請に応じるわけにはいかない。かぐや姫の第一は彼らの求婚を断ることだからだ。

 しかし燃やすわけにもいかなくなった。燃やせば報復は必ず石上麿足に向かう。彼が中納言だということが効いてきたな。これで協力者が石作皇子だったら、阿倍御主人はここにすら来なかったはずだ。

 かぐや姫としては石上麿足を庇うか庇わないかだ。裏切るか裏切らないか。

 でも阿倍御主人の妻にもなりたくない。こんな脅しをしてくる男嫌だろ。私は爺さん婆さんから愛されて生きてきたかぐや姫だぞ。不本意な結婚をして爺さん婆さんを悲しませるわけにはいかない。


 何かないか何か!

 ちょっとでも妥協点とかそういうの。

 阿倍御主人も私のこと好きなら脅すような真似しないで欲しい。……それか?

 阿倍御主人の第一は私に求婚に応じさせることじゃないのか?


 彼は私を聡明と称した。しかし阿倍御主人の前で私が賢しいことを言ったことはない。つまり彼は石作皇子と車持皇子の顛末を知っている。だから私と交渉が出来ると踏んでここに来た。よし、この線でいこう! ファイトだかぐや!


「阿倍の右大臣は私にその見事な皮衣を見せに来てくださった、そうですね?」


 ここでやってはいけないのは「火鼠の皮衣を燃やすようなことはしない」と言質を取られることだ。そうすると私は燃やさずにその真贋を見定めなければならず、勝負に負ける。


「おや、燃やさずにいてよろしいと?」

「火鼠の皮衣でないのならば、燃やしませんわ。……素敵な皮衣ですわね」


 お前があくまでこれは火鼠の皮衣だと主張するのなら燃やすぞ。そういう気持ちで応じると、阿倍御主人はふっと小さく笑った。

 やっぱり。阿倍御主人の第一は恥をかかないことだ。

 

 石作皇子の求婚失敗は宮中を即巡ったが、車持皇子はそうでもなかったそうだ。それはそう。石作皇子はかぐや姫に言い返されたが、車持皇子は贈り物をしただけなのだから。少なくとも対外的にはそうなっている。

 阿倍御主人もあわよくば知恵比べに勝ってかぐや姫をいただくなんて考えもなくはなかったが。


「えぇこの美しさは是非姫にもご覧になっていただきたくて」


 最低でも欲しかったのは難題の取り消しと事態の軟着陸だったのだろう。

 それから阿倍御主人は毛皮の美しさを一通り語ってから帰っていった。もう二度とやらんわこんな知恵比べ。


 阿倍御主人が帰ってから、男二人がようやく這い出てきた。車持皇子の時とは打って変わって疲れ切った顔である。石上麿足に至っては魂が抜けていた。


「流石阿倍の右大臣。おっかねぇ」


 石作皇子は乾いた笑いを浮かべながら溜息をついた。退屈凌ぎできてみたらとんでもねぇ修羅場に放り込まれたみたいな顔だ。同意するけど一端は君にも原因があるだろと言いたい気持ちもある。

 ようやく息を吹き返した石上麿足は「死んだかと思った……」と青い顔で呟いた。わかる。右大臣に睨まれたら一生出世とか無理よね。穏便に終わらせてくれてくれて本当に良かった。

 それから石上麿足は謝ってきたり謝意の述べたりと忙しく動いた。いいよもうこれを越える修羅場なんてないだろうし。

 やはり右大臣という、貴族のトップはやべぇんだなと確認しあい、今日のところはお開きとなった。



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