第六話
そこから数ヶ月は実に平和だった。
時折石上麿足から阿倍御主人の従者の動向が手紙で届いた。彼の部下も博多へ向かっていたようだ。
唐の船がやってくるタイミングに間に合ったようで、そこで一番やり手の唐の商人・王慶と接触出来た。王慶にことのあらましとやって欲しいことを依頼したところほぼ即答で応じてくれたらしい。
まあ王慶からしてみたら、こうこうこういう理由で鴨が葱を背負ってきますよと教えて貰ったようなものだ。一応依頼という体なので幾ばくか包んだそうだが、少なくて済んだと結んであった。
それから石上麿足の部下は阿倍御主人の部下が王慶と接触したのを見届けてから帰ってきた。はい有能。流石。大変素晴らしい。
もちろん石上麿足が負担した分はこちらから色を付けて返した。なんせうちは金はあるものでね。それとは別にいっぱいえらい石上麿足の部下くんにも包んで渡しておいた。そのままの君でいてくれ。
石上麿足はそのことの苦情と一緒に、大伴御行の動向も書いて寄越してきた。
大伴御行は奥方と離縁して追い出し、屋敷を改装しているらしい。なんかこのくだり、確かに原作にもあったな。竜の首の玉は部下に任せ、自分はもうかぐや姫を貰ったようなつもりで有頂天とかなんとか。
やっぱ五人の貴公子の中で一番の無能はこいつだなと思う。史実の大伴御行もでけぇ黒歴史を抱えているが、有能ではあったはずだ。
やっぱ黒歴史のほうが酷すぎてこういう風に描かれやすいのかもしれない。しかも何がひどいって黒歴史発覚が大伴御行が亡くなった後だという点だ。多分史実の藤原さん家の不比等くんが死ぬ思いでどうにかしたんだろうな、かわいそうに。
その平和を終わらせたトップバッターは車持皇子であった。たった今船より戻りましたとそのままの格好で我が屋敷にやってきたのである。玉の枝を入れたという長櫃を仰々しく掲げ持たせて、本人は自信有りげに私の前に座った。
さてここで「蓬莱の玉の枝」について少々の説明を入れよう。蓬莱とは古代中国において仙人が修行したとされる場所の一つである。始皇帝の時代に不老不死の霊薬があるとされた場所であり、以降あらゆる創作で蓬莱は不老不死と切っても切り離せない関係となった。東の海にあるという蓬莱山。その伝承の位置から日本にある説もあるが。
少なくとも車持皇子が騙る蓬莱山は日本ではないらしい。そう、騙る。当たり前だが車持皇子は唐どころか奈良から出てすらいない。
私は生前の知識から既に知っていたが、実のところ情報源はそれだけではなかった。石作皇子である。人を出して車持皇子の後を密かに追わせていたらしい。その結果旅に出ると我が家に寄った後、数日で都の方に戻ってきていたという。向かったのは工房だ。そこに数人の職人と数ヶ月詰めていたと手紙で寄越して来た時は本当に車持皇子に同情した。
つまりここにいる全員、車持皇子が偽物の蓬莱の玉の枝を持ってきたと知っているのだ。爺さんには私から話した。原作みたいに寝台の用意をされてはたまらない。爺さんは気の毒そうな顔で車持皇子を伺い見ている。
全員、と言ったがここにいるのは私や爺さんだけではない。いやもちろん婆さんも同席してくれているが、そうでもなくて。
実は同じ部屋、御簾のこちら側とは別のところ。几帳が置いてある。前から置いてあるものだ。普段はその後ろに荷物を置いてその目隠しで使っていたもの。今はその荷物は片付けてある。何故ならいるからだ。
石作皇子と石上麿足の両名が。
いやあ本当に何事かと思った。いきなり石作皇子と石上麿足が来たかと思うと「今から車持のヤツがくるぞ!」とニコニコ言ってそのポジションに隠れたのである。大慌てで片付けたり場所を確保した爺さんが大変そうだった。あと一応名誉のために言っておくが大はしゃぎだったのは石作皇子だけで、石上麿足は胃が痛そうな顔をしていた。
なので車持皇子は不意打ちできたつもりだろうが、我々は来訪をあらかじめ知っていたのだ。
そうとも知らずに長櫃を爺さんに渡した車持皇子は、当然というようにふんぞり返って座っていた。挨拶に来た時はもうちょっと謙虚だった気がするが、もう私を手に入れたような気持ちなのだろう。どいつもこいつも。
爺さんが私のところまで届けてくれた長櫃を開けると確かに見事な蓬莱の玉の枝に、和紙が括り付けてあった。うわ和歌だ……。勘弁してくれ。これ以上私を羞恥心で殺さないで欲しい。命に変えても折ってきたみたいなこと書いてあったがアホみたいに空々しかった。
「実は船で出は良かったものの、遭難しましてね。どうにか知らぬ土地に辿り着いたのはよかったのですが、鬼のようなものに追いかけられたり、食べ物が尽きて草の根を食べて凌いだりと凄まじい冒険をしたのです」
誰も聞いてないのに語り始めた。爺さんすら相槌を打っていない。部屋にいる誰かが小さく笑い声を漏らしたが車持皇子はそれにすら気付かないくらい気持ちよく話している。っていうか笑ったの石作皇子だろ。本当にいい加減にしろ。
しかし車持皇子の話を素面で聞く心の余裕もなく、なんとなしに手元の蓬莱の玉の枝(偽)を見る。ごてごてしい枝だ。本物は、まあ植物の枝ならば枝らしいのではないかなと思うが、この玉の枝は金属製だった。銀の土台に金の枝。珠は真珠である。知っている通りだが、冷静に考えてこういう装飾になったのは車持皇子オリジナルではあるまいか。真珠の成る木、くらいしか本来の神仙思想からの情報はなかった気がする。
なーんか既視感あるんだよなあ。この装飾過多な感じ。なんだっけ。割とどこにでもあるアレ。男の子が好きなやつ。
思い出せずにうんうん唸っていると、いよいよ車持皇子が調子に乗ってきた。
「そして僕はそこで天女に出会ったのです!」
それだ。観光地にある「龍が剣に巻き付いているキーホルダー」だ。
正式名称「魔界のドラゴン夜光剣キーホルダー」。厨二病の心を擽るごてごてしたデザインに青とか赤とかの硝子玉がはめ込まれているやつだ。修学旅行で男子が買うやつ。蓬莱の玉の枝ってそれに似てる。
あっ。あああ。
車持皇子になんか羞恥心覚えると思ったらこれか! この状況だけではなく、車持皇子がやや厨二病患っている感があるからか!
男も女も関係なく、皆さん患ったことがあると思うのです。厨二病。そういえば車持皇子は十代真っ盛りの男児。元気いっぱい患っていても何もおかしくはない。きっとノートいっぱいに一生懸命考えた冒険譚を、今まさに披露してくれているのだ。
それを私というやつは。こんな大人数で囲ってけちょんけちょんにしようとしているのである。なんたる非道。思春期でそんなことされたら一生歪むぞ。咄嗟にどうしようと悩む。厨二病男子を傷つけずに済ませるにはどうしたらいいのだろうか。
だってこのままでは間もなく。
「失礼仕る! 工匠、名を漢部内麻呂と申します! 奏状をお受け取りいただきたい!」
ああ、来ちゃった。
これは原作の竹取物語からそうだった。車持皇子は見事な枝と話を持ってきはするが、間抜けなことに枝を作らせた職人に口止めと禄を渡し損なったのである。結果気持ちよく作り話を披露している場に、職人達が暴露同然に詰めかけてしまうのだ。
ちなみにこれは流石に石作皇子も読めなかったはずだ。少なくとも事前の共有に彼らの存在は無かった。突然のことに呆然としてしまう車持皇子に対し、面白くなったと思ったのだろう、石作皇子が動いた。
「よし俺が代わりに読んでやろう。書状を寄越せ」
几帳の後ろからスルッと出てきた石作皇子に、車持皇子が更に度肝を抜かれている。かわいそうに。
偉い立場のくせに自分で奏状を取りに行った石作皇子は、それを広げてニヤニヤと笑った。
「姫よ、どうやら彼らの訴えは正当なもののようだ。蓬莱の玉の枝の制作を引き受けて、完璧に仕上げて納品したのに禄をもらえていないんだと。早急にくれとの話だ」
本当に底意地が悪いこと。車持皇子がザッと顔を青褪めさせたのが本当に可哀想で可哀想で、私もつい仏心が出てしまった。
「ああそれは大変ですわ。お爺さま、私共でお支払いいたしましょう。ご用意出来ますか?」
「うん? 君の家で払うのかい?」
「蓬莱の玉の枝は……、そうね。私が頼んだものですもの。私が本物が手に入らないと嘆いたのを、車持の御子が聞き届けてくださって、私の代わりに制作注文をしてくださった。せめてもの心の慰めによく似た物を拵えてくださったのだから」
うーんちょっと苦しいか? でもそれ以上出てこなかった。この蓬莱の玉の枝はあくまで私の無聊を慰めるためのもの。車持皇子が嘘をついて作らせたとか、黒歴史のノートを開いたとかまったく関係がないのである。そういうことにしちゃうのである。
職人達もそうだったのですね、と納得顔で頷いたし、爺さんも動いてくれた。何度目かだが爺さんは善良な翁なのだ。性格的にというより、系統的に。花さか爺とかこぶとり爺さんみたいな、物語に出てくる善い爺さん。だから私が車持皇子を庇ったことにも、その理由にも気付いてくれた。元々車持皇子をリンチするみたいな現状も嫌だったろうし、否やもない。本当にこの人の娘で良かった。
支払いを終えて職人が帰って言ったのを見送ってから、車持皇子が血を吐きそうな声色で顔を抑えた。
「殺してください……」
本当にかわいそう。
心底同情しているとニヤニヤ石作皇子が車持皇子の傍に座った。ちょっとやめなさいよ男子。
「面白い話だったじゃないか。お前に物書きの才能があったとは知らなかったぞ」
「なんでよりにもよって石作の兄者がいらっしゃるのですか。本当によりにもよって!」
「いやあお前が喜んで流してくれた噂の通り、俺は鉢知らずなもんでね。難題に挑んで破れておきながらかぐや姫に何度も言い寄っていたわけだ。そこに来たのがお前ってわけ」
違うけれど、最初から見張ってました、知ってましたというよりかマシだろう。多分石作皇子なりの手加減だ。今まで微動だにしていなかった石上麿足も申し訳なさそうに出てきた。本当にいじめの現場じみてきたな。
「最悪です、こんな形でバレるのも、兄者がいらっしゃるのも、姫に庇われたのも、何もかも!」
「何を言うんだ。少なくともこんなに優しいかぐや姫は初めて見たぞ」
「かぐや姫は最初から優しいでしょうが!」
があっと車持皇子が反論する。なんだなんだ。そりゃあ確かに爺さんや婆さんからはかぐやは可愛いね優しいねとチヤホヤされてきた身だが、車持皇子に言われるほど優しさなんて振りまいていない。同じことを思ったのだろう、石作皇子が「なんで分かるんだよ?」と首を傾げた。石作皇子に同意するのは心底嫌だけど、優しさらしい優しさを見せたのはこれが初めてのはず。
しかし車持皇子はポッと頬を染めた。
「そりゃあ、あんなに美しくてお優しげな面差しなのです。その御心も当然美しくいらっしゃるに決まってます」
「は? お前かぐや姫を見たことがあるのか」
「当然でしょう、垣間見ですが……。というか逆にかぐや姫の美しさを知らずに兄者はどうして求婚したのです?」
垣間見。要は覗き見のことだ。建物や御簾の隙間から女性を覗き見ること。この時代家族でもない男は女の顔を見ることすら出来なかった。私もこの通り彼らと話す時は必ず御簾越しだ。とにかく顔を見せないものなのである。
なので覗き見る。美人と評判が立つと男どもがやってきて塀の割れ目をこじ開けたり、隙間からどうにか確認しようと涙ぐましい努力をするのだ。そうして努力の先にいるのが私だったというわけ。本物の光り輝くような美女だ。すいませんね、絶世の美女で。
そして車持皇子の疑問も最もだ。まさか自分をからかうためとは思うまい。石作皇子も言うつもりはないのか誤魔化すように石上麿足へ水を向けた。
「お前は見たことがあるのか?」
「いえ自分も特には」
「だからなんでそんな調子で求婚したんですか」
「しかしそう言われると気になるな。かぐや殿、顔を見せてはくれまいか」
ばっっっかたれ。
「破廉恥ですわ」
「何言ってるんですか兄者!」
「もう少し常識的に振る舞って下さい」
非難轟々である。当たり前体操。現代的に言えば自分からスカートたくし上げて下着見せるみたいなもんだぞ。痴女じゃないんだからやるわけないだろ。
石作皇子もそうなるとわかっていたのか、食い下がるわけでもなく引き下がった。本当にやめてよね。
「まあどちらにしろ車持も俺と同じく難題を越えられなかったってことで、求婚失敗ってことだな」
「ぐっ……。そ、そう、ですね。姫よ、ご迷惑おかけしました。あの、お支払いの方は」
「要りませんわ。本物ではなくともそれなりに気に入りました。このまま受け取ってもよろしくでしょうか」
「はい。お好きにどうぞ」
車持皇子が嬉しそうにはにかんだので、これはこれで良かった。本当だったら彼は恥に絶えきれず山に入って戻ってこないのだ。死んだということだろう。それよりかはずっとマシな結末になったと思う。
車持皇子の気がどうにか紛れたことにホッとしていたお陰で、石上麿足がジッとこちらを見ていたことには私は気が付かなかった。




