第三話
いや、
「申し訳ない、かぐや殿。まだそこにいらっしゃいますか」
石上麿足は残っていた。御簾はマジックミラーのようなもの。いくら近付いてきたってそちらからこちらは見えないはずだが。
無視するわけにもいかず、ここにおりますと返事をすると彼は頭を下げた。
「誠申し訳ない。石作の御子がここまでご迷惑をおかけし続けるとは思わず」
「んぇ、え? どういう意味ですか?」
石作皇子どころじゃなく迷惑かけられているんだが。
石上麿足は先程までの鉄面皮ではなく、ようやくほんのりと眉を顰めた。悩ましい顔だ。
「実は石作の御子は物見遊山というか……」
「は?」
あんなにしつこく毎日のように騒いでたのに? 物見遊山? 私の疑問、というか怒りが一音で伝わったのだろう。ますます恐縮していく。
「貴女様というより、貴女様に夢中の車持の御子に興味がおありというか、その。もちろん貴女様や翁殿には大変な迷惑をかけているとは承知していたのですが」
「つまり車持の御子狙いだと?」
「いえそういうあらぬ誤解が生まれかねないことでもなく」
石作皇子は車持皇子をからかって遊ぶのがお好きなようだ。当たり前だが彼らは皇族同士大変血が近い。従兄弟だそうだ。皇太子にはほど遠い者同士、石作皇子は車持皇子をよく気にかけていた。
しかし車持皇子はどこで知ったのかかぐや姫にガチ恋してしまった。
政治的に見ればかぐや姫など妻に迎えてもなんの得にもならない。特に車持皇子は元より血筋が良くない。そんな後ろ盾にもならないような家、百害あって一利なしだ。
しかしそんなまともなアドバイスを聞き入れて貰うには、石作皇子は車持皇子をからかいすぎた。反対されていっそ意固地になった車持皇子は更にかぐや姫にのめり込んでしまったのである。
おわ、なんか悪女っぽいじゃないかかぐや姫。なんもしてないのに。
「そんなわけで石作の御子に貴女様を迎え入れる意思は全くなく、私もそんな御子に付き添って太鼓を叩いていただけですので……」
あの太鼓お前かよ。
確かに疑問ではあった。他の三人は熱心に和歌を寄越してきていたのだが、この二人に関してはパラパラとずいぶん疎らだったのだ。筆不精なんかなと思ったが、そのままやる気のなさだったらしい。
「それはわかりましたが、何故今になって?」
「貴女様にまともに我々を取り合う気がないのだとわかったからです」
はわわ、図星。
まあつまりはちょっかいかけなくても車持皇子がフラれそうだと気付いたから謝りに来たということかな。
多分石作皇子も石上麿足もこのまま何もせず脱落をするつもりなのだろう。
謝りに来る分誠実なのだろうが、面と向かってお前に興味なんかないから安心しろというのもいい度胸というかなんというか。
まあいい。謝罪を受け入れてお帰り願おう。
そう思ったのだが、外から聞こえてきた爺さんの声にそんな殊勝な考えも木っ端微塵にされた。
「石作の御子、仏の御石の鉢を持って来られましたぞ、かぐや、お出迎えの支度を!」
は?
思わず石上麿足を凝視してしまう。彼も驚いた顔をしていた。
いきなり聞いてた話と違うが。




