第一章 依頼
「ねぇ、助手クン。世界で最も重要な学問って何だと思う?」
「唐突になんですかエレナさん...」
「いいからいいから」
エレナさんは暇な時、唐突に俺に変な質問をしてくる。
というか、取り掛かっている依頼がなく、探偵事務所にいる時は大体講義のようなものをしてくる気がする。
「まあ、超能力学とかですかね。今の時代、薬にも毒にもなるものですし、使わない人であっても原理とか使い方は学ばないと——」
「はぁ...だから無知とかって言われるんだよ助手クンは」
どうやら、途中で言葉を遮られるくらいには失望させたようだ。無念。
「んじゃ正解はなんですか」
「答えはね、論理だよ。論理学。ロジック。ソクラテス。命題論理とか述語論理とかね」
「論理...」
「すべての学問は論理から始まってるんだよ。
数学、物理、医学薬学、文学、歴史、そしてもちろん超能力。
三段論法とかって聞いたことあるだろう?あれはね、モーダスポネンスと言って、命題論理の中でも最も基本的な——」
エレナ先生の講義が始まろうとしている時、事務所のベルが鳴った。
「どうぞー!」
俺が答えると、ドアが開き、40代〜50代ほどの女性がやってきた。
「エレナ探偵事務所さんですよね?依頼したくて...」
講義を遮られて不満に思ったのか、口をへの形にして無口になったエレナさんをよそに、お客さんを座らせる。
「どうぞどうぞ、おかけください」
エレナさんの代わりに、俺が言う。
「ご依頼とは、どのような内容でしょうか?」
中年ほどの女性は、口を開いた。
女性は名をミリーと言い、2児の母をやっているのだそうだ。家庭は円満で特に問題はない。
しかし、ミランダという、現在18歳で、半年ほど前に大学に入学した娘が最近、あまり連絡が取らず心配なのだそうだ。
ちなみに、この世界の学制は、小学・中学・高校・大学と分けられている。「ニッポン」という別の国の制度を参考に導入したのだそうだ。
最近の大学では「さあくる」とやらが流行っているらしく、同好を共にする仲間で集まり、交流するのだという。
「18歳なんでしょう?親元離れて大学入って、いろいろと楽しんでるだけなんじゃないのかねぇ」
「気にせず、お続けになってください」
エレナさんの悪態を無視して依頼の内容を話させる。
連絡が取れていないこと自体は、エレナさんの言うように強く心配はしていないのだが、喫緊の問題はその「さあくる」にあるという。
なんでも、「青毛連盟」といって、あまり良くない噂があるのだという。噂程度でしかないがミリーさんはそのさあくるに対して、暴力とか窃盗とか、そういう噂があると説明した。
「青毛連盟だぁ? どこかで聞いたことのある名だねぇ。まあいいや、それでミランダさんがよくないことに巻き込まれていないか、心配だと?」
エレナさんは様子を取り戻し、探偵モードに入ったようだ。いつのまにか依頼を聞く目をしていた。
エレナさんは質問する。
「それで、その青毛連盟とやらは、どこを根城にしているんだい?」
「私にはよく分からなくて...そこも含めて調査しただけないかと...」
情報を伝えられず、申し訳なさそうに言う。
「別に申し訳なくなることはないよ。私らもちょうど暇してたところだから。ねぇ助手クン」
「そうですね。講義が始まりそうでしたし」
「探偵として必要なことなのだよワトソンくん」
「俺はワトソンじゃないですよ...」
「あのー...」
ミリーさんが困ったように伺う。
「ああ、すみません、つい」
へへっとして俺は答える。
「えーと、依頼の方は大丈夫なのでしょうか...?」
「うん。問題ないよ。ちゃんと《《これ》》払ってくれるならねぇ」
そう言ってエレナさんは指でお札のポーズをした。
こうするとお金にがめつそうに見えるが、当の本人にはただの冗談で、実際はあまりお金に困っているというわけではなさそうだ。
「お噂はかねがね聞いております。何でも調査料を取らない代わり、《《解決料》》なるものがあるのだとか...」
「その通り、ただ、特別な事情もなく、ただ見に行くというような内容であれば、さほど変化はしませんよ」
結果が出次第、連絡する——
そう答えて、エレナさんは快諾し、ミリーさんは帰っていった。
「さあ、助手クン。早速行くとしようかねぇ」
「行くって、どこに...?」
「決まっているじゃないか。大学だよ。まずは根城を探さないと何も始まらないからね」
探偵は足早に外出の準備をし、速攻で出て行った。
「いい天気だねぇ。まさに調査日和だ」
玄関の先で大きく手を広げるエレナさんは、その長身も相まって、太陽との良質なマリアージュを生み出していた。




