第10話 「保険を勧誘する男」
仕事終わりーー
「カトゥ、ゾノちょっとええか」
振り返ると――
ユージが満面の笑みで立っていた。
二人は顔を見合わせる。
「まぁ…少しだけなら」
「何すか?」
ユージは嬉しそうに頷く。
「今日はな…」
「二人にスゲーお得な話があるんよ」
(来た…)
(嫌な予感しかしない)
「二人とも生命保険とか入っとる?」
ほぼ同時に答える。
「はい一応」
「はい当然」
ユージはさらに笑う。
「で?何年くらい?」
「12~3年くらいですかね」
「俺もそれくらいっす」
その瞬間――
「あ〜残念……」
明らかにトーンが落ちる。
「メッチャ損しとるわそれ」
「保険てのはな?」
「10年に1回は見直さんとダメなんよ」
(妙に詳しいな)
「そんな二人にやな」
「スゲーいい話がある!」
(絶対ロクでもない話だ…)
「俺の女おるやろ?」
「エリ」
恐る恐る二人は答える…
「ええ…」
「…はい」
「ちょうど今…」
「保険のセールス始めてな」
(出た!)
(最悪の流れ……)
「今ならな?」
「お前らの保険、うちのエリちゃんが見直してくれるってよ」
(うちのって……どこのだよ)
ユージは満足そうに笑う。
「いや〜よかったな」
「エリのお陰で損せんで済むやん」
(完全に押し売りだろ…)
ヒロシは何も言わない。
シュウヘイも何も言わない。
ただ――
「どうする?」
笑顔でユージが聞く?
その時だったーー
「お疲れさん」
上司が通りかかる。
「何だ、まだ残っとるんか?」
「何かあったか?」
一瞬迷うがーーシュウヘイが口を開く。
「いや…林さんに保険入れって…」
空気が止まる。
「あ…おいゾノ…バカ」
ユージの声が小さくなる…
上司の視線が向く。
「林」
「どういうことだ?」
ユージは慌てるーー
「い、いや違うんす」
「二人が損したらいけん思って…」
上司は小さく息を吐く。
「林」
「保険ってのはな」
「形がない分、人で選ばれるもんだ」
「分かるか?」
ユージは何も言えない。
「それをな…」
「職場の人間関係に、持ち込むもんじゃない」
「やるなら他でやれ!」
それだけ言って、上司は帰っていった。
ユージは少しだけ笑う。
「いや〜…タイミング悪かったな」
(コイツ…何も分かってないな)
ヒロシは目を逸らす…
シュウヘイは改めて思った。
(やっぱりダメだこの人)
二人とも何も言わない。
ユージはスマホを取り出す。
「まぁええわ」
「一応エリに聞いとくけ」
(もう、つける薬がない…)
後日ーー
風の噂で…
ユージがあれからも色々な人を捕まえては保険を勧誘しまくっているという噂が社内に流れた……
(課長のお説教も効果なしか…)
ヒロシとシュウヘイは、それぞれがそう思った。
結果誰一人、あの怪しい勧誘に引っ掛かる者はいなかったらしいが……
社内では、驚くほど早く静かに…
一つの言葉がが囁かれ始めた。
“ ヤシー生命 ”
次回 第11話 「支配される男」 (5/25 月)
今回も最後まで読んでいただき感謝いたします。




