第9話冒険者②
エリナに言われた通り、昼前に俺は町の中央へ向かった。
「……ここか」
目の前にあったのは、他の建物とは明らかに違う建造物だった。
石造りの巨大な建物。
入口の扉は分厚く、無数の傷が刻まれている。
まるで――ここに集まる人間たちの生き様を、そのまま刻み込んだみたいだった。
「冒険者ギルド……」
一歩、足を踏み入れる。
――瞬間。
ざわり、と空気が変わった。
怒号、笑い声、酒の匂い、鉄の軋む音。
数十人の冒険者たちが、思い思いに騒いでいる。
剣士、槍使い、斧使い。
明らかに“場数を踏んでる”連中ばかりだ。
(……これが、冒険者か)
戦場とは違う。
だが、ここにも確かに“命の匂い”がある。
「遅い」
背後から声がした。
振り向くと、エリナが腕を組んで立っていた。
「……早いな」
「私が早いんじゃなくて、あなたが遅いの」
呆れたようにため息をつく。
「ほら、行くわよ」
そう言って、迷いなくカウンターへ歩いていく。
カウンターの奥には、落ち着いた雰囲気の女性が立っていた。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
「登録よ。この人」
エリナが俺を指さす。
「新規の冒険者登録をお願いします」
「かしこまりました」
女性は慣れた手つきで紙を取り出す。
「お名前を」
「……アナシュ・クライン」
一瞬だけ、間を置いて答える。
本名は出せない。
「年齢」
「17だ」
「戦闘経験は?」
「……ある」
短く答える。
女性は一瞬だけ俺を見たが、それ以上は何も聞かなかった。
「では最後に――」
女性が少しだけ表情を変える。
「スキルの有無を確認させていただきます」
――来たか。
一瞬、空気が張り詰める。
この世界の人間はスキルを持たない。
つまり、スキルを持っている時点で――
(転移者だとバレる)
横目でエリナを見る。
彼女は黙って、こちらを見ていた。
「……ない」
俺はそう答えた。
一瞬の沈黙。
『嘘をつくのか』
頭の中で、リードが呟く。
(黙ってろ)
『合理的判断ではあるな』
少しだけ楽しそうな声。
「……そうですか」
受付の女性は、それ以上深く追及しなかった。
「では登録は完了です」
小さな金属のプレートが渡される。
「こちらが冒険者証になります。ランクは“F”からのスタートです」
「Fか」
一番下だな。
「依頼は掲示板から自由に選択してください。ただし、無理な依頼はおすすめしません」
淡々とした説明。
だがその目は、どこかこちらを見極めているようだった。
「行くわよ」
エリナが背を向ける。
「最初の依頼、もう決めてあるから」
「は?」
「ダンジョンよ」
振り返りもせずに言う。
「初心者用だけどね」
口元が、少しだけ笑っていた。
ギルドを出る。
外の空気が妙に軽く感じた。
「……いいのかよ」
俺は歩きながら言う。
「俺、スキルあるのに隠して」
エリナは一瞬だけ足を止める。
「……分かってるわよ」
「え?」
「あなた、“普通じゃない”でしょ」
振り向いたその目は、真っ直ぐだった。
「でも今は聞かない」
「……」
「その代わり――」
少しだけ、表情が引き締まる。
「ちゃんと生き残りなさい」
それだけ言って、また歩き出す。
『いい女だな』
リードが呟く。
「……ああ」
否定はしなかった。
こうして俺は、冒険者としての一歩を踏み出した。
その先に待つのが――
“成長”か、“死”かは、まだ分からない。




