第10話初めてのダンジョン
町を出てしばらく歩くと、景色が一気に変わった。
人の気配が消え、風の音だけが耳に残る。
「……遠いな」
「そんなもんよ。ダンジョンは基本、町から少し離れてる。そしてこのダンジョンの月の迷宮」
エリナは迷いなく歩きながら続ける。
「魔物が溢れた時に被害が出ないようにね」
「なるほどな……」
合理的だ。
しばらく歩いたところで、エリナがふと思い出したように言った。
「そういえば、ギルドのランク説明してなかったわね」
「ランク?」
「あんた、何も知らなさすぎでしょ……」
呆れた顔をされる。
「冒険者にはランクがあるの。下から順に――」
指を折りながら数える。
「F、E、D、C、B、A、そしてS」
「ずいぶんあるな」
「ええ。基本的に依頼はランクごとに制限されるわ。Fは雑用、Eで簡単な討伐、Dからやっと“戦える冒険者”って感じね」
「じゃあ上は?」
「B以上は一流。Aは国に認められるレベル。そして――」
少しだけ間を置く。
「Sは化け物よ」
「……分かりやすいな」
『貴様は今、最底辺だな』
リードが淡々と言う。
(分かってるよ)
「でも安心しなさい」
エリナがこちらを見て笑う。
「すぐ上がれるわよ」
「随分自信あるな」
「当たり前でしょ。私と組んでるんだから」
ドヤ顔だった。
(……ほんと、ブレねえな)
さらに歩くこと数分。
やがて、それは見えてきた。
「……あれか」
岩山の中腹にぽっかりと空いた、巨大な穴。
周囲の空気が、明らかに違う。
重い。濃い。
息が少しだけ、しづらい。
「……これが、小迷宮」
エリナの声も、少しだけ低くなる。
「ここから先は、完全に自己責任よ」
「……ああ」
一歩、近づく。
その瞬間――
ぞわり、と背筋が粟立つ。
(なんだ、この感じ……)
『魔素だ』
リードの声が響く。
『濃度が外とは比べ物にならん。これがダンジョンだ』
「……これが、魔素」
空気を吸うだけで、体の奥がざわつく。
力が満ちるような、逆に侵食されるような――そんな感覚。
「慣れないと酔うわよ」
エリナが言う。
「最初はみんなそうなる」
「……問題ない」
正直キツいが、弱音は吐かない。
「行くわよ」
エリナが剣に手をかける。
俺も拳を握る。
一歩。
また一歩。
暗闇の中へ踏み込む。
ダンジョン内部は、思ったより広かった。
天然の洞窟のような構造。
だが、どこか不自然だ。
(……静かすぎる)
その時。
カサッ――
小さな音。
「来るわよ!」
エリナが叫ぶ。
次の瞬間、影が飛び出した。
「――ゴブリン!」
小柄な緑色の魔物。
だが――
「速っ……!」
戦場で見た個体より、明らかに動きが速い。
「ダンジョン個体よ!気を抜かないで!」
エリナが剣で一体を斬り伏せる。
鮮やかな一撃。
だがその隙に――
別の一体が俺に飛びかかる。
「チッ!」
咄嗟に避ける。
だが、もう一体。
左右から挟まれる。
(数が多い……!)
『落ち着け』
リードの声が冷静に響く。
『周囲を見ろ。動きを読むのだ』
「……っ!」
息を整える。
視線を広げる。
(右が先に来る――!)
踏み込む。
拳を振り抜く。
『風魔二連撃!!』
衝撃が二重に走る。
ゴブリンの体が吹き飛ぶ。
そのまま、もう一体へ――
「はぁっ!!」
追撃。
叩きつける。
沈黙。
「……はぁ……はぁ……」
息が荒い。
たった数体。
それだけなのに――
(こんなにキツいのかよ……)
「油断しすぎ」
エリナがこちらを見る。
「ダンジョンの魔物は外より強いって言ったでしょ」
「……ああ、実感した」
手が震えている。
だが――
同時に感じる。
体の奥に、何かが流れ込んでくる感覚。
「……これが、魔素か」
『そうだ』
リードが答える。
『戦いながら取り込まれている』
拳を握る。
さっきより、わずかに力が増している気がした。
エリナがニヤリと笑う。
「どう?楽しい?」
「……キツいけどな」
正直な感想だ。
「でも――」
顔を上げる。
「悪くない」
そう言うと、エリナは満足そうに笑った。
『いい顔だ』
リードの声が響く。
『それでいい。我が主』
『ここが、貴様の“始まり”だ』
ダンジョンの奥から、さらに気配が近づいてくる。
まだ終わりじゃない。
むしろ――ここからだ。




