第23話赤鬼の悪魔過去編(中編)
赤鬼の悪魔 過去編(中編)
――守護者 No.5 の記録
暗い。
光がない。
時間の感覚も、もう曖昧だった。
「……はぁ……はぁ……」
少年は、膝をついていた。
息が荒い。
だが――傷はない。
斬られても、砕かれても。
体は“勝手に戻る”。
「……なんで……死ねないんだよ……」
震える声。
目の前には、倒れた人間。
さっきまで、生きていた。
「……やめろ……」
頭を抱える。
だが――
止まらない。
体が、勝手に動く。
「やめろって……!!」
手が伸びる。
触れる。
その瞬間――
ドクン。
魂が、流れ込む。
「――ああああああああああああああ!!」
頭が割れるような痛み。
感情が、流れ込む。
恐怖。
絶望。
後悔。
全部が、一気に押し寄せる。
「来るな……来るな……来るなぁぁぁぁ!!」
叫ぶ。
だが止まらない。
吸収は、強制。
拒否権はない。
最初の頃は。
毎回、泣いていた。
謝っていた。
「ごめん……ごめん……」
「やめたい……」
「誰か……助けて……」
だが。
誰も来ない。
時間が経つ。
どれくらいかは、分からない。
数日かもしれない。
数年かもしれない。
あるいは――もっと。
「……はは……」
笑い声。
乾いた音。
少年は、もう涙を流していなかった。
「またかよ……」
目の前の“餌”を見る。
震えている人間。
「やめてくれ……」
懇願。
だが――
何も感じない。
「……知るかよ」
手を伸ばす。
触れる。
吸収。
「――ッ!!」
一瞬だけ、痛み。
だがすぐに慣れる。
「……あー……うるせぇな」
頭を掻く。
感情が、ノイズに変わる。
「静かにしろよ……」
誰に言っているのかも分からない。
その頃には。
“名前”は消えていた。
“家族”も。
“記憶”も。
全部、曖昧になっていた。
だが。
一つだけ。
残っていたものがある。
「……なんでだよ……」
夜。
いや、夜という概念も曖昧な空間。
少年は、天井のない空を見上げる。
「……なんで、死ねねぇんだよ……」
ナイフを握る。
自分の喉に当てる。
何度もやった。
何十回も。
何百回も。
――ザシュッ。
血が噴き出す。
視界が暗くなる。
(これで……終わる……)
だが。
次の瞬間。
ズズ……と肉が再生する。
傷が消える。
呼吸が戻る。
「……あ……?」
何事もなかったかのように。
元通り。
「……はは……」
笑う。
「……ははは……」
止まらない。
「ふざけんなよぉぉぉぉぉぉ!!」
地面を叩く。
何度も。
何度も。
拳が潰れる。
だがすぐに戻る。
「死なせろよ……!!」
叫ぶ。
だが――
答えるものは、いない。
それから。
少年は、理解した。
「……ああ……」
虚ろな目。
「俺……終われねぇんだ……」
その日から。
彼の願いは変わった。
「……誰か」
小さな声。
「……殺してくれよ……」
だが。
現実は残酷だった。
新しい“餌”が運ばれてくる。
泣き叫ぶ。
抵抗する。
命乞い。
「……やめて……」
かすれた声。
だが。
体が動く。
止まらない。
「やめ……」
触れる。
吸収。
「――ああああああああああああああ!!」
まただ。
また。
また。
また。
魂が積み重なる。
人格が混ざる。
記憶が溢れる。
「……うるせぇ……」
頭を押さえる。
中に、“誰か”がいる。
いや、“たくさん”いる。
「やめろ……喋るな……」
幻聴。
記憶。
感情。
全部が混ざる。
「……俺は……誰だ……?」
答えが、分からない。
そして。
ある日。
変化が起きる。
目の前に、“子供”がいた。
昔の自分と同じくらいの年。
震えている。
「……やだ……」
その目。
その声。
――昔の自分と、同じ。
「……あ」
手が、止まる。
初めて。
動きが、止まった。
「……やめて……」
子供が泣く。
「……」
少年の目が、揺れる。
記憶が、戻る。
ほんの一瞬だけ。
「……っ……」
手が震える。
(やめろ)
(やめろ)
(やめろ)
だが。
「……あ……」
手が、動く。
止まらない。
触れる。
吸収。
「――ッッッ!!!」
絶叫。
今までで一番の苦痛。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
頭を掻きむしる。
血が出る。
だが止まらない。
「……なんで……」
涙が、溢れる。
久しぶりに。
「……なんで……」
声が震える。
「……俺なんだよ……」
その日。
彼の中で、何かが壊れた。
完全に。
「……ああ……」
立ち上がる。
目に、光はない。
「……もういいや」
感情が、消える。
「全部……どうでもいい」
その瞬間。
体が変わる。
肌が、赤く染まる。
角が生える。
“人間”ではなくなる。
守護者 No.5
完成。
だが――
完全ではなかった。
「……コロ……シテ……」
かすかな声。
奥底に残った、“最後の人間”。
それが。
100年後――
アナシュの前で、揺れることになる。




