第18話 東京駐在所 5
虎ノ門の高層タワーマンション五十四階層の内の三十五階という、いわば中層階に一国の姫君たる方の居室を置くのは如何なものかという意見が瑠沙一族内で有った様だ。
東京別邸の選考には、この虎ノ門のほか田園調布、目白、自由が丘などが候補に挙がっていたようである。
ここ数年、高級住宅地と言われる地区の空き家率が高くなってきているそうだ。土地の広さやその地域の土地柄、古くからの住民のステータスの維持を希望する声などもあり、空いた物件の価格を下げて投げ売りをするわけにもいかず、なかなか買い手が付かずにそのまま空き物件のままというケースが多いらしい。
当初、瑠沙家ではそう言った物件を中心に候補としてピックアップしていったようだ。都心の高層タワーマンションの高層階に比べると、一戸建てとはいえ価格的に魅力的であったとも言えたのだろう。
瑠沙家が、いくら潤沢に予算を準備できたとは言っても、それは、青天井に用意できるものではない。少しでも価格を下げることができればと考えるのは、瑠沙家の経理担当責任者だけでは無かった。
瑠沙家内にもそのような実務を優先して、なるべく負担を減らすべく働きかける者たちがいる一方、本星にいる王家や公爵家そして、その分家である地球の瑠沙伯爵家内には、貴族としての体面を重んじて、王家の姫君にふさわしい住まいを用意できぬのは如何なものかという声も多くあり、結局はその声に押し切られるように現在の状況に至った訳である。
ちなみに一例として挙げるならば、大田区の高級住宅地の物件は、今回入居するタワーマンションの最上階の物件と、延べ床面積、部屋数などほぼ同じで価格は四分の一だったそうである。
ただ、居宅的に良い物件ではあったのだが、立地などでセキュリティー上に難があるということで却下されたようだ。
そして、物件がこのタワーマンションの三十五階に決まり、後はこの居宅の主である姫殿下の入居を待つばかりというところで当初に述べた様な意見が出てきたわけである。しかも、最上階に内装は済ませてあるが投機的な所有であるので、ほぼ未使用のままにされている物件が有る、という情報を付けて。
瑠沙家の経理担当者たちにすれば十一桁にも及ぶ巨額の支出の上に、さらに、その1.5倍にもなる支出を要求されたわけである。
現在、瑠沙家内ではこの件に関して争議中であり、本星の公爵家に支出金の負担を願い出るかどうかという話にまでになったようである。
さて、そんな王家や上級貴族たちの話が耳に入っては来たものの、なるべく係わり会いたく無いと知らんぷりを決め込んで、自らの仕事に精を出す瑛美であった。
彼女は女官長たちとは別れて、先に警備事務所へ行き、挨拶の手土産と名刺を置いて手早く引き上げてきたのだった。
挨拶だけのつもりが、奥から出てきた伊達部長に引き留められ、話が長くなりそうだったからだ。仕事の途中だからとそそくさと逃げてきたが、あの伊達部長の様子にはちょっと引いてしまった。なるべく、警備事務所には寄らないようにしようと決めた瑛美であった。
エレベーターを三十五階で降り廊下を進む。このフロアには1Kから4LDKまでの分譲、賃貸物件が混在している。
別邸となる部屋は、このフロアでは一番広い間取りになるものである。この廊下を進んで最奥にある部屋がそうだ。
周辺のマンションに比べて、一回り大きな面積を持つドアは開け放たれ、入り口脇にはスーツ姿の背の高い男性が立っていた。その男性は瑛美の姿に気が付くと瑛美に向かい足をそろえ背筋を伸ばし敬礼をした。その頬はやや赤らんでいる。
「初めましてクリス少佐、自分は鈴木幹夫伍長であります。よろしくお願いします!」
瑛美は敬礼を返すと、声を落として鈴木に言った。
「立ち合いご苦労さま。それと、声がでかい。外部の人間がまだ中にいるんだろう? 私には階級ではなく所長と呼ぶように。いいな?」
「は、はい! 申し訳ありません、所長!」
「だから、声がでかい。抑えて話せ」
瑛美はため息を一つ吐くと続ける。
「搬入の進捗は?」
「はい、搬入は全て終えて、現在、女官長殿と職員で現状の確認と、家具などの配置のチェックをしているところです」
「そうか。では、配送員たちが全員掃けた時点でセキュリティーチェックを開始する。それまでは待機だ」
瑛美が入り口前から部屋の中を見ると、配送員たちは搬入の作業は終わったのか、壁や所々の角に貼られた養生用のプラダンボードやテープをはがし始めていた。
瑛美はその場に鈴木を待機させると、自分が来たことをリナへと知らせるため声を掛けようと室内へと入った。
事前に見せてもらった間取り図では、この物件は4LDKで寝室が四つ、トイレが四つ、バスルーム二つ、シャワールーム一つ、キッチン、LD、Winクローゼット二つとなる。
ここには、四人の職員が常駐することになるが、全員女性のみと言うことも加味して、セキュリティーのチェックは念入りに行わねばならないだろう。
入り口を入ってすぐ左にはシュークローゼットにトイレがあり、その奥にはベッドルームとそこに付随するトイレとシャワールームがある。
瑛美はそちらはまだ覗かずに、正面にあるリビングダイニングに入る。
そこは、正面と左手がはめ殺しのガラス張りになっており、都心の景色が一望できる様になっている。中央から、やや左に寄せてソファーセットが置かれている。瑛美がドアを入って右手奥にキッチンスペースがあり、リナはそこに置かれたテーブルの椅子に腰かけ、配送の責任者と思われる男性と家具などの配置のチェックをしていた。
瑛美はリナに向かって声を掛ける。
「リナ、遅くなりました。ただいま到着しました」
瑛美の呼びかけにリナは振り向くと答えた。
「エイミーごめんなさいね、こちらはもう少し掛かりそうだわ。良かったら所員の方とそこのソファーに掛けて待っていて下さい」
「いえ、まだ外部の人間が出入りしている状態ですので、警備態勢は取ったままにさせて頂きます」
エイミーはリビングを出ると、入り口で待つ鈴木のもとに向かった。
開け放たれた入り口の先には、マイクロバスを置いてきた健人が鈴木と話をしていた。
「所長、遅くなり申し訳ありません。あの大きさの車を止める場所が周辺はいっぱいで、結局駐在所まで置きに戻ってしまいました」
健人は瑛美に頭を下げる。
「ご苦労様、中の方のリナはまだ時間がかかる様だ。
我々はこのまま警備態勢をとる。鈴木は入り口の外側から出入りする作業員を、健人は中で作業する者たちを、私はリナに着く。あくまで監視のみで、離れた位置からでも相手にこちらを認識させ見ているぞということを意識させろ。もし、怪しい動きがあった場合は全員に分かるように大声で誰何し、直ちに制圧しろ。
では、状況開始だ」
鈴木は一歩引いて、室内廊下から使用済み資材を持って出入りする作業員を監視する。健人は室内廊下中央に立ち、養生資材をかたずけ運び出す作業員を見つめる。瑛美は、搬入品チェックで最奥にある主寝室に向かったリナを追った。
主寝室に入ると、リナは搬入品リストのクリップボードを持ち、搬入責任者と品数と設置位置のチェックを始めた。
瑛美は部屋に入ると、一番近くのドアを開け放った。そこは、ドレッシングルームで、右には二つの洗面台が並び大きな鏡が張られている。奥にはトイレが見え、左手はガラスで仕切られたバスルームだ。ドア横には、まだ開梱されていない備品と思われる段ボールが置かれている。
瑛美はさらに部屋奥のドアまで歩を進めると、そのドアをあけ放った。そこはウォークインクローゼットで、ワンルームマンション一部屋分ほどの広さがあった。その中央には衣装ケースと段ボールが山に積まれていた。
瑛美は入り口まで戻ると、ドア横に立ちリナの作業を見守った。
搬入品のチェックは、家具などの再移動という事も無く一室当たり十五分程度で終わり、全室で一時間ほどで終了した。
四人の女性職員たちは、各部屋に置かれた段ボールなどの梱包を解き、備品などの補充を初めている。
搬入作業員たちは、養生資材を全て撤去して全員が先ほど引き上げていった。
瑛美たち駐在所の三人はリビングに集まり、これから行うセキュリティーチェックの打ち合わせを始めた。
「これよりセキュリティーチェックを始めるが、二人は経験はあるか?」
「いえ、自分は全く有りません」
「私も初めてです」
瑛美は二人を見てうなずくと、
「軍警の警備部か情報部にでも所属することが無ければ、軍務上ではこのような経験することは無いだろうと思う。
我々駐在所で姫様の警備を主立って行うことが決定されたことで、これからはこういった任務が加わることになるだろう。
さて、ここで行うことは、盗聴、盗撮機器の発見、除去だ」
ここで健人が瑛美に聞く。
「あの、所長。我々はその盗聴器を発見するための機器を持ってきておりませんが、どうやって?」
「瑠沙警備保障の事務所に行けば、そう言った機器も置いてあるだろうが、我々には必要はない。ただ、人前ではできないがな。
鈴木、おまえの内蔵端末の通信回線はいくつある?」
「はい、一回線ですが」
「健人は?」
「私も一回線です」
「情報戦技官や特殊作戦に従事することが無い限り、一般兵士にはそれが標準装備だと思う。
そこでだ。お前たちに、良いものをプレゼントしてやろう。通信回線を開け」
瑛美は自身の内蔵端末内のアーカイブから一つのアプリケーションを圧縮解凍すると、それを二人に送った。
「そのアプリをインストールしろ。そのアプリは単一回線仕様の基本装備の通信回線をソフトウェアで複数回線の受信を可能にするものだ。
もともとインプラント通信のハードウェア的には広範囲の周波数帯が受信可能な仕様になっている。それを単一回線の基本仕様から、所属先の兵科や作戦実行において必要とされる場合に機能拡張が許可される。
その管理権限は所長である私にあるから、安心してインストールするといい。
どうだ? 出来たか? アプリのインストール状況を視覚化して確認しろ。
機能の設定を説明するぞ。このアプリでは最大五回線の同時受信を可能にすることができる。それと、受信状態の視覚化が可能になる。
まずは同時受信数を三回線に設定しろ。それと受信表示をピークメーターに」
三人はリビングの入り口横に立ち、瑛美は腕を組み二人の様子を伺っている。
健人と鈴木は網膜に投影されるアプリケーションの表示をCOPで操作し確認していた。
「その三つの受信回線に今から言う周波数を割り当てろ」
瑛美は三つの周波数を二人に言った。
「これは盗聴六派と言われる日本国内で使われている盗聴電波でも、最も使われているといわれる三つの周波数だ。盗聴三派とも言われているな。
探知を行うときは、受信感度を調整しながら慎重に行うようにしろ。
では、残りの三つの回線はどうするか? アプリの空き回線は二つだ。これは別のやり方を教える。
今の三回線の設定は維持したまま一度閉じろ。そして、空いた二つの回線の内の一つを立ち上げて設定を『サーチ』に、そして繰り返し回数を入力しろ。これは二回でも三回でも自分の納得する回数でいい。そして、今から言う周波数帯を入力しろ」
瑛美は周波数帯を指示する。
「出来たか? 表示はピークメーターに。感知した電波はメーターに周波数と共に表示される。いいか? 慎重に行うように。物品の破損には注意しろ。もし、壁の中や品物の中で取り出すことができない場合は指示を仰げ。では、始めるぞ」
「あの、所長」
鈴木が不安な顔をして瑛美に声を掛けた。
「アプリの動作が不安定なんですが……。一回線なら大丈夫なんですが、二回線以上になるとどうも……」
「なんだ、インプラントのハードウェアとOSのバージョンアップはしているか?」
「いえ、それが……。ほとんど通信機能など使うことが無いのでこちらに帰ってからはしていませんでした。申し訳ありません」
瑛美はため息を一つ吐くと鈴木に言った。
「では、残りの空いた回線をサーチ機能にして最初の三派の周波数帯を割り当てて使用しろ。それなら大丈夫だな?」
「はい、大丈夫です」
「鈴木、里の事務所にインプラントの検査と機能の更新を申請しておく。指示があり次第行ってこい。
健人、所員全員の更新状況を調べておくように。更新の必要があるものは申請しておいてくれ。
では、始めようか。鈴木は、ここの隣のベッドルームから、健人はこのリビング、キッチンから始めてくれ。私は奥のベッドルームから始める。隅々まで漏れの無いように。これは、最重要な案件と考えろ。王家の邸宅に盗聴器などあってはならない。心してかかるように。では、始めろ」
一時間後、十四個の盗聴器、盗撮カメラが発見された。
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、店舗、建造物、科学技術、医療技術等
作者の妄想であり創作物です。
作中に類似するものがあったとしても現実に存在するものではありません。




