第17話 東京駐在所 4
駐在所から歩いて五分はどの喫茶店で食事を終えた瑛美と健人は、駐在所の入るビルへと急ぎ戻ってきた。
食事中に乱入してきたともいえる、内調の洲沙鋭司のもたらした情報に少々下降気味になりそうな気持を持ち応えさせながらビルの入り口へと立ち、駐車場へと目を向けた。
十時近くなったこの時間は、ビルを出るときには、ほぼ満車のように止まっていた一階駐車場は、営業用車両や巡回警備車両などの数台がすでに出ているようであった。
瑛美は駐車場の奥に止まる黒塗りの高級国産車に目を止めた。あの車両が姫様専用となるのだろう。運転手は基本、駐在職員が行うことになったため、別邸のあるタワマンの地下駐車場ではなく、こちらの駐車場で管理することになったのだろう。
運転担当者には誰を考えているか健人に聞いておかなければ、と考えながらビルの入り口に入った。
入り口に入ってすぐ左手に警備員室とビル来訪者受付がある。その受付窓口の横に初老の警備員が立ち瑛美と健人ににこやかに声を掛けてきた。
「お早うございます、社員証はお持ちですか? 無ければこちらに記帳をお願いします」
警備員は受付窓口にある来訪者名簿を指した。
その警備員に健人が答える。
「お早うございます、比嘉さん。こちらは新たに赴任されたうちの所長です。よろしくお願いしますね」
瑛美はコートのポケットから社員証を取り出すと警備員に見せ答えた。
「お早うございます。来栖瑛美と申します。よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。いやぁ、ずいぶんとお若い所長さんですなぁ。よっぽど優秀な方なんでしょうなぁ」
まさか瑛美が自分よりもはるかに年上とは思いもしない比嘉は、瑛美を見ながらそう言った。
「はははっ、ありがとう御座います。では……」
瑛美と健人はエレベーターへと乗り込んだ。
健人は七階のボタンを押すと瑛美に言った。
「九階建てのこのビルのうち、七階から九階までが駐在所になっています。七階までは普通に利用できますが、八、九階に上がる場合は……」
健人はボタンの下部にあるスライドカバーを開けると、中にあるICカードリーダーのタッチパッドを瑛美に見せ言った。
「社員証をここに当ててください。すると八、九階のボタンが使用できるようになります」
健人は社員証をパッドに当てることはせずに、そのままカバーを閉じる。
エレベーターは七階に着きドアが開き、二人は降りた。
「七階は所員事務室、ロッカールーム、会議室、そして所長室があります。ああ、エレベーターの横奥にトイレと給湯室がありますので」
二人はエレベーター正面の廊下をまっすぐにビル奥まで歩いていく。廊下奥の右手に所長室と彫り込まれた金属パネルの貼られたドアがあった。
健人はその扉をノックすると中から「おう、入れ」と返事があった。健人はドアを開け、瑛美を先に中へと促す。
所長室の中は、およそ三十平米くらいの広さだろうか? 奥には執務机が置かれ、後ろの窓下にはローチェスト、左右の壁には棚が置かれどれも木製アンティーク風の物で重厚さっぽい雰囲気は出している。
右の壁には、大型の液晶TVが掛けられ、入り口を入った左先には応接セットが置かれている。
返事を返した人物は、応接ソファーの上にくつろいで座りTV画面に映るワイドショーを見ていたようであった。その人物は瑛美が入ってくるのを見ると立ち上がり言った。
「おお、よく来てくれたエイミー クリス少佐。俺は賀東譲治中佐だ。君には急な異動命令になったんじゃないかと、すまなくは思う。まあ、俺の任期の事もあるが、どうも姫さんが警備が男ばかりってのを嫌がってなぁ。俺の交代要員は女性上級士官にということに急遽なったらしい」
瑛美の前に立つ賀東中佐は、瑛美よりやや背の高い百八十センチメートルくらいだろうか、やや済まなさそうにその背を丸め瑛美に言った。
「いえ、お気になさらず願います中佐。来栖瑛美少佐、東京駐在所所長に着任いたします」
瑛美は背筋を伸ばし賀東中佐に敬礼をした。
「うむ、よろしく頼む少佐。まあ、二人とも座ってくれ」
賀東中佐は二人にソファーに座るように促した。
「引継ぎ事項などがありましたらお願いします」
瑛美は賀東に尋ねた。
「取り立ててないぞ。検案される事案はないし、遂行中の作戦案件も無い。姫さんの別邸の件は、君の方で打ち合わせも済ませて任せて構わないんだろう? そうしたら、あとは日常業務のみだよ。君も聞いてきただろう、ここは閑職のようなもんだって。所長の仕事は人事管理と毎日の業務日報報告の取りまとめと送付のみだよ。おかげで、この三年間はのんびりさせてもらったよ。
まあ、姫さんの警護の件と警視庁の件は、君にはお気の毒としか言いようがないがね」
賀東中佐は笑いながら言った。
その時、執務机の上の電話が鳴った。
瑛美は立ち上がり電話を取りに行こうとしたが、健人が「私が」と言って立ち電話を取りに行った。
二言、三言話すと電話を切り、ソファーまで戻ると瑛美と賀東に言った。
「テレポートルームに、ただいまリナ女官長と職員三名が到着したそうです」
「事前準備の先乗り隊か。じゃあ、俺は帰らせてもらおうかな。引継ぎも済んだことだし、これで航宙軍士官ゲオルグ ガトーに戻った訳だ。ああ、少佐、これを」
ガトー中佐はICチップのついたカードと、一本の鍵を瑛美に渡した。鍵にはリングが付けられ細長い付箋紙が付けられている。そこには八桁の数字が書かれていた。
「中佐、これは?」
「この部屋のカードキーと金庫の鍵だよ。その番号は憶えたら捨ててくれ。あ、ちなみに金庫は空だからな」
瑛美はすぐにインプラントのデータ保存領域に金庫番号と名付けたフォルダを作りその八桁の番号を書き込んだ。そして、付箋紙を外すとODCに放り込んだ。
「ありがとうございます、中佐」
「じゃあ、上に行こうかね。君たちも里から来た子たちを迎えなきゃならんのだろ」
「そうですね、では出ましょうか」
三人は立ち上がると部屋を出ようとドアへと向かった。
瑛美は二人を先に出させ、執務机に向かうとその上に置いてある名刺ケースを開け、数枚を手に取るとコートの内ポケットに入れ、ドアへと向かった。廊下に出るとドアの鍵をかけ、小走りに二人の後を追った。
三人がエレベーターに乗ると、健人がタッチパッドに社員証をかざし九階のボタンを押す。九階に着くとテレポートルームへと向かった。
テレポ-トルームに入ると、入り口横に並べられたソファーベンチに、リナ女官長と三人の女性職員が座って待っていた。四人とも大きめのスーツケースを足元に置いている。瑛美たち三人が部屋に入ると立上がり頭を下げた。
「お早うございます、リナさん。ご案内しますので少しお待ちくださいね」
瑛美はリナに向かい言うと、ガトー中佐へと向き直った。
「では中佐、お疲れさまでした。後のことはお任せください」
瑛美と健人は中佐に敬礼をした。
「うむ、よろしく頼む。おーい佐藤、もう行くので頼むぞ」
中佐はコントロールルーム内の佐藤軍曹へ声をかけ、ゲートルーム内へドアを開け入って行った。
佐藤軍曹の転送の合図の声と共に、瑠沙の里へと転送されていく中佐の姿を、瑛美と健人、佐藤の三人は敬礼で見送り、里から来た四人は立ってその様子を見ていた。
「さて、お待たせしました。別邸までお連れしますので準備はよろしいですか? 健人、四人とも荷物が多いようなのでそれなりの車の用意はできるかな?」
瑛美は四人に声を掛け、健人には車の用意を促した。
「はい、すぐに準備しますので、皆さんは駐車場の前でお待ちください」
健人は瑛美と四人に答えると、先に部屋を出て行った。
「軍曹、またしばらく出るので、あとはよろしく頼む」
瑛美はコントロールルームから出てきた佐藤軍曹に声を掛けると、佐藤は敬礼をして瑛美に答えた。
「了解であります少佐、後はお任せください」
リナたち四人を連れ、エレベーターで一階へと降りた瑛美は入り口横にある駐車場に向かった。
駐車場の車道への出口横の歩道で待っていると、健人の運転する白いマイクロバスが奥から出てくるところであった。健人は車を駐車場を出る手前で止めると、車から降りてきて瑛美と四人を車へと誘った。そして、横のスライドドアーを開けると、四人に言った。
「どうぞ、こちらからお乗りください。荷物は私が持ち上げますから」
瑛美と健人で荷物の運び入れを手伝い、全員がマイクロバスに乗り込んだ。
「現地には五分ほどで到着します。皆さんシートベルトをお締めください」
瑛美たちの乗ったマイクロバスがマンションビルの車寄せに着くと、ビルの誘導職員と思われる、スーツに白手袋をした男性が手を振り車の停止位置を指示してくれた。
健人が入り口前に車を付けると、瑛美はスライドドアを開け車を降りた。今は必要ないとは思いながらもつい周囲を見まわし警戒してしまう。
そんな瑛美に職員の一人が声を掛けてきた。小柄なその男性職員は長身の瑛美を見上げながらにこやかに言った。
「お早うございます。ご入居者様のご関係者の方でございましょうか?」
瑛美の後ろでは、健人が荷下ろしを手伝い四人が下りてくる。
瑛美は職員に答えた。
「お早うございます。私たちは入居の事前準備に来たものです。入居者ご本人様は明日いらっしゃいます。私はご入居者様の警備責任者の栗栖と申します。これからお世話になると思いますのでよろしくお願いします」
「さようでございますか。こちらこそよろしくお願いします。入り口左をまっすぐ進んでいただきますと、フロントカウンターがございますので、そちらに一声お掛けになってから、お部屋の方にお上がりになってください」
「わかりました、ありがとうございます」
瑛美がビル職員と話している間に、みなマイクロバスから降りて瑛美を待っているようだった。
「所長、私は車を置いてきますので、先に上がっていてください。それと、これを」
健人は瑛美が車で移動中にODCから取り出して、空き座席に置いておいた紙袋を二つ手渡した。どちらも袋の中の箱には朝食を食べた喫茶店で買ったパウンドケーキの詰め合わせが入っている。
「ああ、ありがとう。私は先に警備事務所に挨拶に行ってくるから」
「部屋の方には荷受けの立ち合いに、所員の鈴木が入っていますので、報告を受けてください。では」
健人はマイクロバスの運転席に乗り込むと、誘導職員の指示に従い車を出した。
瑛美とリナたち四人は、職員に指示された通り通路を進んでいく。
「ほえー、すごいです、高級ホテルみたいですー」
「セレブの住むタワマンって、どこもこんなんなのかぁ?。しらんけど」
若い女性職員二人が小声で話しているのを彼女たちの後ろを歩いて聞きながら、瑛美はクスッと笑ってしまう。
車寄せからエントランスホールまでのこの廊下は、磨き上げられた黒の天然石タイルが敷かれ、壁はシックな木調風に設えられ間接照明が柔らかく灯りを照らしている。所々に現代アートの絵画が壁に掛けられていた。
エントランスホールに来ると、大理石調に設えられたフロントカウンターには、二人のフロントマンが付いていた。彼らの背後の壁には大きな金属壁面彫刻がかけられている。
リナは年配の男性フロントマンに挨拶をしており、瑛美はもう一人の若い男性フロントマンに声を掛け、手持ちの紙袋をカウンターに乗せ名刺を取り出した。
「お早うございます。私は明日こちらにご入居される、エレナ ルサ ロワール様の警備担当責任者の栗栖瑛美と申します。これから都度こちらとは顔を合わせることになると思いますのでよろしくお願いいたします。こちらは、つまらぬものですが職員の皆様でお召し上がりください」
「ご丁寧にありがとうございます。わたくしフロント担当の大野と申します。よろしくお願いいたします」
大野と名乗ったフロントマンと名刺の交換をすると、リナと挨拶を終えた年配のフロントマンが声を掛けてきた。
「お早うございます。チーフマネージャーの佐々木と申します」
名刺を差し出してきたので交換をする。
「栗栖さんのことは警備の伊達部長から伺っております。これからよろしくお願いします。伊達からは名刺をお預かりするように言われておりますが?」
「先に警備事務所に寄って上に上がろうかと思っていますので、直接お渡ししようかと思います」
「そうですか。伊達が喜びますよ」
佐々木は笑ってそう言った。
「エイミー。行きますよ」
リナが瑛美を促した。
「はい、それでは失礼します」
瑛美は佐々木に頭を下げると、リナの後を追いエレベーターへと向かった。
この物語はフィクションです。
登場する人物、地名、建築物等、架空のものであり実在するものではありません。
すべて作者の創作であり妄想です。




