第16話 東京駐在所 3
瑛美と健人は西新橋の都道を新橋方面に曲がると、ほどなく右手に見えた喫茶店へと入って行つた。
その喫茶店は、周辺の殺伐としたビルの林立した情景の中で少しでも自然的な温もりををとでも考えられたのだろうか、ネイチャーでかわいらしい店名が付けられていた。店内に入ると、その店名を思わせるように木調ベースに誂えられ落ち着いた調度となっている。
始業時間近い九時少し前だというのに広めの店内は、会社員と思われる人々がコーヒーやモーニングメニューなどを楽しむ姿で、ほぼ満席ともいえる状態だった。
瑛美は店内中ほどに一つだけ空いた四人掛けの空席を見つけると、そちらに向かった。テーブルは、床や壁に色調を合わせたダークブラウンに、椅子は黒い革の現代風のアームレスチェアーだった。
コートを脱いで奥側の席の背もたれに掛け席に着くと、健人は向かいの席へと座る。テーブルの上にはメニューが置かれ、チェーン店のようにセルフで注文し品物を受け取るのではなく、店員が注文を取りに来るようだ。
「所長、ここのモーニングメニューはボリュームたっぷりで食べ応えがありますよ。もし、ここのメニューで物足りないようでしたら、新橋の駅の方に逆メニュー詐欺かといわれるほどのボリュームの商品を出す喫茶店がありますので、こんどはそちらに行ってみましょう」
健人は瑛美にメニューを広げて見せながら言った。
「なんだ、その逆メニュー詐欺というのは。お前は私を何だと思っているんだ。私は大食いキャラではないぞ」
広げられたメニューに付けられた写真を見ると、確かにボリュームたっぷりの様だ。Bセットメニューのサラダなど、どんぶり大の陶器の器にサラダが山盛りに盛られている。
一枚のプレートに乗せられたその料理の様は航宙軍基地の食堂を思い起させた。
注文を伺いに来た店員に、瑛美はBセットのミネストローネとサラダ、ライ麦パンにコーヒーを、健人はAセットのベーコンエッグにトースト、コーヒーを頼んだ。
「先ほど見てきた部屋で、あと必要なものの買い物はどうされますか?」
健人は瑛美に聞いた。
「あと、カーテンにマット類ぐらいか、ああ、掃除用具もいるな。そうだ、炊飯器を買わなくては! 御本家との会食の時にお米のあまりにものおいしさに感動してたら、奥様がお米を送ってくれると言ってくれてな。自分の記憶にある米の味とは違ってはるかに美味いんだよ。ああ、こちらのキッチン機材に合わせた調理器具も必要だな……」
昨日、エレナ姫との打ち合わせの後、事務所長からもう一軒の不動産物件の提示があった。そこは、先に提示された物件より間取りが広く、駐在所や王家別邸に近いものであった。瑛美はその場で先の物件のカギとセキュリティーカードを返し、新たな物件へと変えてもらった。
「今の日本の不動産事情は分からんが、王国の官舎に比べるとずいぶんと、こじんまりしたものなんだな? それに階層が十五階というのも何かあったときの対応の遅れが気になるが……。王家別邸にしても三十五階の中層階というのも気になる。非常時の対応をどうカバーするかだな。テレポートルームの設置はできなかったのか、健人は何か聞いてないか?」
二人が話していると、料理が運ばれてきた。食事を始めながら話を続ける。
「テレポートルームの設置の件ですが、必要な電源の確保が難しいとのことで見送られたようです。これは、変電施設のスペースの確保ができなかったようです。仮に屋上や地下に変電設備を設置したとしても、別邸までの距離の高圧配線を屋内を通してすると周囲の施設への影響が少なくないと考えられたようです」
「宇宙艦船用の対磁、対線量用のシートや塗料を使えば問題ないとは思うが、地球への持ち込みは技術制限があって難しいか」
「あと、これは父から、いえ事務所長から聞いた話ですが、今回の別邸は仮邸で最上階の物件を現在交渉しているとのことです。なんでも最上階四軒のうち一軒が外国人の投資のために買われて使われていないままなのだそうです。そう遠くないうちに事務所長から連絡があると思いますよ」
「はぁー、王族の権威を保つためだとはいえ掛かりも大変だな。瑠沙本家には影響が少なからずあるんじゃないかい?」
「おっしゃる通り大きな出費ではありますが、瑠沙グループの総資産から見ればさほどの影響はないかと」
健人は苦笑しながら答えた。
瑛美は健人と話をしながらも、入り口から入ってきた黒のスーツ姿の長身の男性に目を止めた。その男性はしばらく店内を見回すとまっすぐに二人の座るテーブルへと向かってきた。そして、テーブルの前に立つと瑛美を見て言った。
「お早うございます、エイミー クリス少佐。同席させていただいてもよろしいですか?」
瑛美は警戒しながらも目の前に立つ男を見上げ、顎で座るように促した。
瑛美の前に座った男は、年のころは四十代前後だろうか、細身でどことなく健人に似た顔だちをしていた。
男は通りかかった店員にコーヒーを頼むと席に着く。
「ありがとうございます。健人君も久しぶりだね」
「ああ、はいお久しぶりです、鋭司さん」
健人と似た顔だち、お互いに知り合いということは瑠沙家の関係者だろうかと瑛美は考えた。
健人に鋭司と呼ばれた男は、懐からカードケースを取り出すと、名刺を一枚出し瑛美に差し出してきた。
「はじめまして、洲沙鋭司と申します。本日はご挨拶をと思いまして伺わせていただきました」
男が差し出した名刺には、内閣情報調査室 調査官 洲沙鋭司とあつた。
「洲沙さんは瑠沙家とはどういったご関係なんです? それと私は昨日、日本に帰国したばかりです。よく私がわかりましたね?」
鋭司はにっこりとほほ笑むと健人の方を見た。
健人は鋭司の顔をちらりと見るとため息を一つ吐き、瑛美に答えた。
「鋭司さんは、私のはとこに当たる人です。里では子供のころは遊んでもらったり、勉強を見てもらったりしていました。身体強化処置をせずに東京の大学に行ったことは聞いていました。里に縛られるのを嫌ってめったに帰って来なかったとも。大学卒業後は全く音沙汰無くなって、十年ぶりくらいに帰ってきたと思ったら、日本政府の、総理大臣の交渉代理人としてご当主様や父と話し合いたいと来たもんです。里ではもう裏切り者扱いです。洲沙家の里での風当たりも強くなって気の毒なほどですよ」
健人は正面を向いたまま強張ったように言った。
鋭司は健人を見て、苦笑しながら運ばれてきたコーヒーに口を付けながら瑛美に言った。
「里での私の評判は知ってます。実家の家族には申し訳なくも思っています。言い訳をさせてもらうならば、今のこの立場は私が望んでなったものではないということです。
大学卒業後の私は、里とは縁を切るつもりで東京での就職を決めました。国家公務員試験を受けたのは、ただ安定した仕事がしたいということだけだったのです。今思えば、浅慮なバカ者でした。
公務員試験合格後は通産省に配属となりました。そのまま仕事を続けて退職、天下り先に仕事を斡旋されるルートで終わるんだろうなと思い込んでいましたよ。それが、何故か二年目で内閣府に異動です。この辺はまあ詳しい話はできませんが、その後は内調へというわけです。政府としては私の出自から瑠沙家へのパイプ役として、打って付けだと考えたんでしょう。
私は決して瑠沙家や里に敵対するものではありません。今では、むしろ里にとって、私のような政府と直接つながる人間は必要だと考えています。
ご本家も同じように考えられたからこそ、定期的な交流や情報のやり取りを認めてくださいました。
それと……、こういうものが過去の資料の中にありまして」
英司が取り出したのは八つ切り版の写真だった。そこには今よりも髪が短く若く映る瑛美がいた。
瑛美には写されたその姿には記憶があった。しかし、このときは航宙軍の入隊時に3D画像として記録されたはずだ。
「この写真は、三十年前の日本人拉致被害者の集団帰国時に、王国側から提出された被害者リストに添付されたものです。
いやぁ、この写真と今のお姿は全く変わりありませんね。うらやましい限りです。身体強化処置を受けとけばよかったとつくずく思います。
とまぁ、疑問の方は解消いただけたでしょうか?
そう言う訳で、これからよろしくお願いします」
「ええ、分かりました、こちらこそよろしくお願いします。連絡を取りたい時は、こちらのオフィスの方に?」
瑛美は名刺を手に取り見ながら言った。
「いえ、名刺の裏に私の携帯の番号とアドレスを書いておきましたので、そちらにお願いします」
「わかりました。それと帰国と共に名前を栗栖瑛美と日本名に戻しましたので、そちらでお願いします」
「栗栖さんですね、了解しました。お名刺は? あ、ない。そうですか。いえ、結構です、結構です。
じゃあ、ここらでお暇するとしましょう。あとはゆっくりと食事をお楽しみください」
鋭司は席から立ち上がろうとして、ふと考える仕草をすると腰を再び席に落として瑛美に言った。
「そうだ、お近づきのしるしに獲れたてホカホカの最新情報を一つ差し上げましょう。これは正式に瑠沙家の方に上げられて調査要請が出されるものとなるでしょう。
正確な日時は調査中ですが、都内にある達磨重工最先端技術研究所に地球外の先端技術情報が持ち込まれたというタレコミがありました。その内容はナノ工学技術情報、サイバネティクス工学情報そしてヒューマノイドタイプアンドロイドの現物一体だということらしいです。
これは瑠沙精工からの情報流出と地球外勢力からの流入、両面での調査が始まっています。
瑠沙家には社内調査と流入してきた場合のルートの割り出し、監視衛星情報の一部提出をお願いすることになると思います。
ああ、あとこれは個人的な推測ですが、持ち込まれたのはアンドロイドじゃなくてBCU(Brain Core Unit 生体脳殻)入りの全身義体じゃないかと思うんですよ。もしそうだった場合の相手方の保護もお願いすることになるかもしれません。
と、いうことですのでよろしくお願いしますね」
鋭司はテーブルに置かれた注文伝票を手に取ると席を立った。
瑛美はライ麦パンを手に固まってしまっていた。
「うぅーん、なんか洲沙が言う以上に厄介な案件の匂いがする。帰り際に爆弾放りこまれたような気分だ」
瑛美は手にしたライ麦パンをちぎると口に放りこんだ。
「鋭司さんが言うにはこれから瑠沙家の方に上げるそうですから、こちらに来るのは少し先になると思いますので、連絡が来るまで待ちましょう。
それよりも、早く食事を済ませて戻らないと」
「そうだな……。あっ伝票……。なんかしょっぱなから借りを作るのは癪だな」
二人は残った食事に急いで取り掛かった。
この物語はフィクションです。
登場する人物、地名、建築物等、架空のものであり実在するものではありません。
すべて作者の創作であり妄想です。




