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ニッポン駐在記~元日本人航宙軍士官日本駐在員になる~  作者: 鷹羽 樹


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第14話 東京駐在所 1

 来栖瑛美少佐は、バスルームに据え付けられた鏡を見てメイクの状態を確認すると、満足げにうなずいて手にした口紅をポーチに入れ、ODC(空間収納)に放り込んだ。

 バスルームを出ると、クローゼットにかけておいたジャケットを羽織りながら、窓の外を眺める。山の斜面に建てられたそこは、駐在事務所に併設された宿泊施設で、星間王国からの来訪者や輸送艦乗務員の寄港地休憩施設として建てられたものだ。

 窓の外は雪に覆われた瑠沙家の管理する王国関連施設のビルや、まさに城下町とも呼ばれそうな住宅やマンションが立ち並んでいた。そしてその先には登り始めた日の光を受けて、きらきらと輝く湖面が見えている。

 再びクローゼットに向かうと中から毛織のロングコートとマフラーを取り出し身に着け始めた。


 現在の時刻は、午前七時。東京駐在所への初出勤となる日である。駐在事務所長からは十時までに出勤し、前所長との引継ぎと所員との顔合わせをしてもらいたいとのことであった。

午後からは王家の東京別邸のセキュリティーチェックとなっている。その結果の報告書を文書にして駐在事務所に送り、直接報告することがあれば事務所長とやり取りをして、そこでその日の業務は終了となっている。


 王女殿下の東京への引っ越しは、昨日の瑠沙本家邸での当主との顔合わせの後に行われた打ち合わせにより、セキュリティーチェックが済み、問題があった場合にはその対処が済み次第に、もう一度チェックを行い何も問題がなければこちらから連絡をして移動していただくということとなった。

 ただ、殿下の受け入れ準備に時間がかかるだろうということで、セキュリティーチェックに瑛美たちが入ると同時に、瑠沙本家より王女殿下付きの女性職員五名と女官長兼秘書であるリナ・バレル女史が入ることになっている。


 駐在事務所のある秋田県瑠沙市から東京駐在所への所要時間は、ワープゲートを使えば(ゼロ)分である。では何故十時までに出勤すればいい瑛美が、この早い時間に支度を済ませているかといえば、瑛美のわがままからであった。出勤前の時間に駐在所周辺を歩いて見て回りたいと言ったからだ。

 瑛美の日本での最後の記憶は、新橋の勤め先から芝田村町にあった寮に帰る途中までであった。しかしそれも、六十年という月日のため薄っすらと残るほどだ。

 そのおぼろげな記憶と、現在の街並みの様子をどれほどすり合わせることができるか、そして、どれだけ変わってしまっているのか早く見てみたかった。


 ドアのノックの音と、瑠沙中尉の挨拶の声が聞こえると、瑛美はドアへと向かった。ドアを開けると、ダークグレーのスーツにモッズコートを羽織った中尉が立っている。


「すまない中尉、私のわがままに付き合わせてしまって」


「いえ、お気になさらずに。東京のあまりの変わりように途方に暮れる少佐の姿というレアな場面に立ち会えるかもしれませんからね」


 瑠沙中尉は、にやりと笑うと瑛美をドアの外へと促した。


「忘れ物はありませんか? こちらの朝食は断られたそうですが、どうされますか」


 中尉は宿泊施設の受付カウンターに向かいながら、後ろに付いて歩く瑛美に聞いた。


「ああ大丈夫だ、忘れ物はないよ。朝食は向こうで、どこかいいところがあれば入って取りたいんだがなぁ」


「わかりました。新橋周辺ならば二十四時間営業の店や、早朝からの営業の店もありますので、時間を見ながらどこかのお店に入りましょう。コンビニやベーカリーで買ってもいいですしね」


「すまないが、今日は中尉にまかせる。私も近くに住むことになるんだから、これから自分でその辺は開拓していくよ」


 瑛美は施設のカウンターにカギを返すと、中尉と二人テレポートゲートルームへと向かった。





「それでは、カウントスリーでテレポートいたします。いってらっしゃいませ。

 スリー、トゥー、ワン……」


 昨日、航宙輸送艦からこちらに来た時に担当していた作業着姿のワープゲートルーム職員が、コントロールルームからスピーカーを通じてタイミングのカウントを伝えてきた。


 スリーカウントの後に、目の前のガラスの仕切りの外の部屋が一瞬で変わった。

 こちらのコントロールルームは、ワープゲートの正面に配置されており、中ではグレーのスーツを着た三十代と思われる男性が計器を操作していた。


「少佐、外へどうぞ」


 瑠沙中尉がドアを開けて瑛美を外へ誘った。

 ゲートルームを出ると、コントロールルームで操作をしていた所員が操作の手を止めて表に出てきた。そして、瑛美の前まで歩み寄ると王国式敬礼をする。


「初めまして栗栖少佐。佐藤圭吾軍曹であります。王国航宙軍では情報戦技官をしておりました。これからよろしくお願いします」


 佐藤軍曹はその人懐こそうな顔をくしゃりとさせて笑い敬礼を解くと深々と頭を下げた。


「よろしく頼む、佐藤軍曹。軍曹はどこの部隊に所属を?」


「航宙軍での艦隊では第十一艦隊、電子・情報作戦艦一〇三グノーシスに三年、地上部隊では第五方面軍、第三師団第一情報部隊に三年、さらにそこでの特殊部隊との技官としての作戦行動が二年です。少佐の部隊とご一緒できなかったのは残念です」


「ほう、頼もしいじゃないか。これからよろしく頼むよ」


「少佐、時間が無くなりますよ」


 瑠沙中尉がやんわりと瑛美をたしなめた。


「ああ、そうだった。十時前には帰ってくるので後は頼む。では、行ってくる」


 瑛美は佐藤軍曹に、そう言うと中尉と共にワープゲートルームを後にした。



 「中尉、ここの所員はみな軍曹のように実戦経験豊富なのかい?」


 瑛美は中尉とエレベーターを待ちながら聞いた。


「軍曹は、所員の中では一番経験豊富なのではないかと思います。ほかの所員は戦闘用身体強化処置と実戦経験を得るために、一期四年の軍務経験の者がほとんどです」


「ふむ、帰ったら皆の経歴書を見せてもらおうかな。本家のご当主が、人員の補充を行うようなことを言っていたので、そこも踏まえて()()()()を考えていかなければな」


「少佐……」


 中尉は、瑛美と一階に向かうためのエレベーターに乗りながら、瑛美に言った。


「今のお顔は……、退役前に閑職を求めてやって来たとは思えないお顔をしてらっしゃいますよ。まるで最前線を前にして、気持ちを昂らせているような・・・」


 中尉はその言葉を濁らせる。


「えっ? そうか? そうだな、ここは日本だったな」


 瑛美は、大きく深呼吸を一つすると、一階に着き開いたエレベーターのドアから大股で歩み出た。


「それじゃあ、()()()()新橋が、私がいない間にどれだけ変わったか見て回ろうじゃないか」


 瑛美は、エレベーターから一階のエントランスに出ると、足早にビルの出口へと歩いて行った。




 瑛美は、ビルを出て振り返り見てみると、ビルの一階部分は出入り口からエントランス、エレベーターと警備室兼管理室がある以外は、駐車場となっているようだった。九階建てのそのビルの入り口横には瑠沙ビルディング東京第一とプレートが付けられている。


 コートのポケットからスマホを取り出し地図アプリを起動させる。自分の立ち位置がピン表示され、地図をスライドさせて周囲との位置関係をを確認した。


「西新橋って芝田村町じゃないか。いつ頃町名が変わったのかな。……道は昔とほぼ変わっていないようだな」


 瑛美はビルの入り口前の道路を汐留の方向に歩いていく。五十メートルほど歩いて一方通行の狭い路地を右に曲がり、さらに五十メートル。そこに立つ企業ビルを見上げながら瑛美はつぶやいた。


「六十年か……」


 何も言わず早足で歩きだした瑛美の後を、慌てて追いかけてきた中尉は、立ち止まってビルを見上げている瑛美に声をかけた。


「少佐、どちらにいかれるのですか?」


「ん? ああ、悪かったね中尉。昔のこのあたりは一軒家や小さな個人商店、木造アパートなんかが立っていてね。ここにあったそのアパートに私は住んでいたんだよ。今はビルが立ち並んで昔を思わせるものは全く無くなってしまっているがね」


 瑛美は、周囲のビルをぐるりと見まわして、追いついてきた中尉に言った。


「ふう……。さて中尉、姫様の住むことになる場所まで案内して欲しい。先に場所だけは把握しておきたい。それと、自分の住む場所を見に行ってもいいかい?」


 気持ちを切り替えるように瑛美は中尉に言うと、早足で歩きだした。


「ああっ! しょっ、少佐! そちらじゃないです! 反対側です。お待ちください!」


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