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ニッポン駐在記~元日本人航宙軍士官日本駐在員になる~  作者: 鷹羽 樹


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第13話 瑠沙の里 7

 瑠沙鷹乃は瑛美の近くに来ると、彼女を見上げるようにして言った。


「おらは、あんだと話してみだぐでぎだんだよ。隣に座ったっていいだか?」


 鷹野は瑛美を見上げてニヤリと笑う。

 瑛美は鷹乃を見降ろしながら、瑠沙家での鷹乃の立場を考えた。夫人は鷹乃()()と言っていた事から、恐らく夫人よりも目上の立場だろう。見た目は二十歳そこそこだが、もしかしたら自分よりも年上かもしれない。


「はじめまして、来栖瑛美です。どうぞ、隣におすわりください」


 瑛美は鷹野に丁寧に頭を下げ、隣の席を勧めた。

 鷹野は瑛美の言葉を聞くと、自分で椅子を引き出しどっかと座り込んだ。

 瑛美の横では、配膳職員が押してきたワゴンに、夫人が瑛美の土産を乗せている。


「おらにも後で分げでたんせ(わけておくれ)。わすれねで」


 奥へと下げられていくワゴンを見ながら鷹乃は夫人に言った。


「鷹乃様には、後ほど私の方からワインとチョコレートを差し上げますよ」


 瑛美は隣に座る鷹乃を見ながら言った。


「本当がい? どうもなぁ(ありがとう)

 んだども、鷹乃様はやめでけれ。タカちゃんと呼んでけれ。あだ(あなた)はおらの話してらごどが、ちゃんと分がってらがい?」

『分かりづらい様だったら、王国標準語で話そうか? 私もこちらに帰ってきたのは最近でね、こちらにいる分には秋田弁でも問題なかったんだがね。まあ、近々東京にも行く予定もあるんで標準日本語をインストールしておかなければなぁ。瑛美ちゃん、その時はよろしくたのむね』


 話途中で王国標準語に切り替えた鷹野は、瑛美を見上げながら、にぱっと笑って言った。


「はあ、では鷹野さんと呼ばせていただきます。さすがに、ちゃんは……。

 それと、私のことはエイミーで結構ですよ。言葉は秋田弁で大丈夫だと思います。ご自分で楽な話し方で話してください」


「そうがい、せばそうさせでもらうよエイミー。んだども、タカちゃんとよばんとゆるさんよ」


「えぇー、わ、分かりました、た、タカちゃん……」


 鷹乃の我がままに、困り顔で答える瑛美だった。




 本家当主である瑠沙源一郎は、執務棟の執務室から本家屋敷に戻ると、リビングルームにて次女麻里絵の帰国報告を受けた。本来であれば到着直後に執務室に赴き帰国の挨拶をせよ、とする所なのだが自分の娘たちには甘い源一郎は、娘を迎えに行く妻には報告は屋敷で受けるからゆっくりしているようにと言い含めていた。

 緑茶をすすりながら娘の帰国報告を受け、首都星の様子などを聞きながら久しぶりの娘との会話を楽しんでいると、妻が栗栖少佐をエレベーターホールまで出迎えに行くと言う。すると、娘も同行するとリビングを出て行ってしまった。

 源一郎はもう少し娘との話をしていたい気持ちを抑えながら、リビングルームを妻と出て行く娘を見送っていた。


おめだば(おまえは)末っ子にはあめぇのぅ」


 瑠沙母娘と入れ違いで入ってきた鷹乃が源一郎へと声を掛けてきた。


「おはようございます、タカおばちゃん。今の親なんてこんなもんでしょう? 午前中は衛星の件で通信室ですか?」


「ゲン、()()はいらねぞ。おめの爺様はおらにえれぇぎびしかったもんだ。おめなんぞ、あまあまだぁ。

 王国-地球間の空間跳躍ワープど空間圧縮どの併用技術の通信衛星の試験運用ば、ようやっど始められる。さっぎ火星の衛星軌道上に待機させでる技術工作艦ば指示出してぎだ。なあ、あいづら、二年も船おりでねんだ。少し地球でゆっくりさせでやりでゃんだがなぁ」


「ようやく地球-王国間の直通回線が通じることができますか。今時、定期艦でのメール便のやり取りなぞ、どの時代の話かと言われそうなものです。これも、王国星系から七万光年と言う遠距離にある地球と言う辺境惑星のせいでもあるんでしょうがね。これは、伯母上が理論を確立してくれた通信技術理論が有って初めて実現したものです。改めて礼を言わせてください。

 ああ、それと工作艦の乗員ですが、定期輸送艦があと五日ほどで出航しますので、その後で固定停泊域(アンカーエリア)に入れてもらえばいいでしょう。では、そのための手続きをしておきましょう」


「おお、そうがい。あいづらよろごぶぞ。明日の定期通信でそのごど伝えでけるべ。それどな、さっと(ちょっと)精工の上のやづ(瑠沙精工の上層部)がら耳にしたごどなんだがよ、国がなんだが魔法と科学技術の融合さ考えでるんだそうでねが。面白そうでねぁが。おらにも一枚がませれ(かませろ)


「もう耳に入ってしまいましたか。あなたならそう言うと思っていましたよ。かまいませんが、王国との通信網の構築はきっちり仕上げてからにしてくださいよ」


まがせれ(まかせろ)。むふふ、なんが楽しみだぁ。おお、そんだ、星間帝国の地方星系で、そんた技術づがってるとごあっだなぁ。通信テストついでに資料取り寄せでみっがなぁ」


 く~っ!


 鷹乃が次に行う新しい研究課題にワクワクと考えを巡らせていると、鷹乃の腹からはかわいらしくも盛大な空腹警報が発せられた。


「おおお、今日はあさまから忙しくてなんも食ってねがった。おながすいでぎだぁ。じゃあ、先さ行がせてもらうよ。今日は昼ご飯は同席させだもらうがらね」


 鷹乃はソファーから立ち上がると、走って出て行ってしまった。

 源一郎は、九十歳近くなる伯母のその幼さの残る行動にあきれながらまた、うらやましさを感じながら見送った。




 源一郎が会食場のドアをくぐると、鷹乃はすでに瑛美の隣の席に座り親し気に話をしている様だった。その様子を見て、源一郎は改めて鷹乃の相手の懐に入り込む才能に感心してしまった。そのまま源一郎はテーブルに向かって歩いていくと、こちらに気づいた瑛美は椅子から立ち上がり頭を下げ、礼をしてきた。


「初めてお目にかかります、東京駐在所所長を拝命いたしました来栖瑛美少佐であります。よろしくお願いいたします」


 源一郎は瑛美の前で足を止めると答えた。


「瑠沙本家当主、瑠沙源一郎です。細かい仕事の話は食事の後にして、まずは席について食事にしましょう」


 テーブルの最奥の席に源一郎は向かうと、給仕係の女性が席を引き源一郎は席に着いた。

 それを見て瑛美、当主夫人、次女麻里絵は席に座った。ただ、鷹乃だけは椅子に座ったまま足をぶらぶらさせていた。


源一郎はテーブルに着いた一同を眺め見ると、口を開いた。


「栗栖少佐はテーブルに着くそれぞれとは、もう言葉を交わして見知っている事とは思うが、改めて私から紹介させてもらおうと思う。少佐の正面に座るのが私の妻の琴音、その隣に座るのが次女の麻里絵です。そして、少佐の隣に座るのは私の伯母、先代の姉の鷹乃です。伯母は物理学、機械・電子工学、生物工学の博士で王立科学技術院アカデミーの主任研究員をしています。今は地球-王国間の通信網設置のためにこちらに来ている所です」


「医学博士が抜けてらぞ」


 鷹乃が隣で、瑛美に聞こえるぐらいの声でボソリとつぶやいた。

 源一郎は続けた。


「長男と長女は、今こちらにはいませんが、長男の丈一郎は東京に常駐して、政府や各企業との渉外に当たっています。栗栖少佐が東京に行かれたら、お会いする機会が多くあると思いますので、その時はよろしく頼みます。長女優里亜は今、王立技術医科大学にて医工学技術を学んでいます。本人は鷹乃伯母にならって他の学部も習得したいと言っていますので、当面は帰ってこんでしょうなぁ」


「娘ばかえってこねの、人のせいにするのが」


 鷹乃のぼそっと所々入る突っ込みに、瑛美はクスッと笑ってしまった。


 源一郎の言葉が途切れると、周りにいた配膳係達が動き出した。どうやら夫人の方で合図を出したようだ。

 ワゴンには、やや小ぶりな蓋のされた丼ぶりが乗せられており、二台のワゴンで源一郎から置かれていき、それぞれに配膳されていった。続いて押されてくるワゴンには、四角い盆にせいろが置かれその上には、やや細切りのいわゆる稲庭うどんが美しく飾られる様に乗せられている。せいろの横には汁椀に焼きネギの浮いた湯気の立つあたたかいつけ汁が添えられている。そして、海老、蟹、野菜の天ぷらが乗せられていた。

 それぞれに、料理が配膳されている時、琴音夫人が料理の説明をした。


「来栖少佐が久しぶりの日本食と言う事なので、ぜひ秋田の味を味わって頂きたいと思いまして、庄内地鶏の親子丼と稲庭うどんをご用意させて頂きました。お箸もしばらくぶりで使いずらいようでしたら、お匙とフォークも有りますので、そちらをお使いください」


 源一郎がその後の言葉を継いだ。


「皆に料理は行きわたったようだね。それでは、頂きましょう。いただきます」


 瑛美も皆に倣い、頂きますといって丼ぶりの蓋を取った。

 ふたを開けると、ふわっと香る醤油とだしのにおい。その香りで、かつて食べた蕎麦屋の親子丼の味が記憶の底から浮かび上がってくる。

 横に添えられた木匙を手に取り丼から一口すくい口へと運ぶ。自分の記憶にあったあまじょっぱい味とは違った卵と出汁の甘さと上品なうまみ。汁を吸ったコメが口の中でパラパラとほどけていく。

 ああ、日本の味だ。日本に帰って来たんだ。これまでそんなこと意識したこと無かったのに。

 瑛美は丼ぶりを手に一口、また一口と木匙を口に運んでいく。


「エイミー、こっち向げ」


 鷹乃が声を掛けた。


「えっ?」


 瑛美が鷹乃を見ると、ハンカチを手にしている。そして、そのハンカチで瑛美の目元と頬を拭ってくれた。瑛美は自分でも気付かず涙を流しながら夢中になって食べていたようだった。


「おめも日本人だったっつうごどだ。ほれ、それづがえ」


 鷹乃はハンカチを瑛美に渡すと、自分の料理に手を付けながら瑛美へと聞いた。


「おめは、どんくらい日本を離れていたんだか?」


「……六十二年ぐらいでしょうか。オリンピックが開催されるとかで盛り上がっていたことは覚えています」


「そっか、そっか。そしたら、おらの方が少しおめよりお姉さんだな。おらが、こっち出だのは東京タワーがでぎだぁ、とか言ってた年だったなぁ」


 鷹乃は海老天を齧りながら瑛美に答えた。

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