第23話 僕たちは、警察でも探偵でもヒーローでもない
数日後。
協会本部。
試験の結果発表。
スピの介は、渋々ながら、三人を「合格」とせざるを得なかった。
理由は、「依頼人である工藤栞が、結果に満足している」から。
「……やむを得ません。合格とします」
スピの介は、悔しそうに書類に署名する。
工藤栞さんは、三人に深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました。妹も、陽菜さんも、きっと喜んでいます」
高野さんが証明書を渡す。
「皆さん、合格です。おめでとうございます」
三人は、証明書を受け取った。
東京霊智協会 霊能力者認定証
だが、僕は複雑な表情をしていた。
「獅堂」
「なんだ」
「これで、よかったのかな」
「何が」
「主犯格の4人、完全には裁かれていない。罪を償ったわけでもない」
獅堂は肩をすくめていう。
「祐介、俺たちは裁判官じゃない。霊能者だ」
「……そうだけど」
「俺たちにできるのは、霊視をすることだけなんだよ。結果、その後どうするかは、当事者が決める」
吉宗ちゃんが肩を叩く。
「まあまあ、合格したんだし、良かったじゃないですか!」
僕は頷いた。
「そうだね」
だが、心の中には、モヤモヤとした感情が残っていた。
その夜。
僕は一人、聖ヶ丘学園の前に立っていた。
教室の窓を見上げる。
――想いの痕跡は、まだ感じる。
13人の「想い」が、あの教室に残っている。
後悔。
悲しみ。
諦め。
それは消えない。
おそらく、何十年経っても、消えないだろう。
だけど――
それでいい。
忘れてはいけない。
13人が何を感じて、何を求めて、あの場所で死んだのか。
陽菜が何を願って、どれだけ苦しんで、屋上から飛び降りたのか。
それを、消してはいけない。
僕は小さく呟いた。
「陽菜、詩織、みんな――」
風が吹く。
校舎が、静かに佇んでいる。
僕は、もう一度呟いた。
「僕は、忘れない」
そして、背を向けて歩き出した。
◇
ある日、僕の元に一通の手紙が届いた。
差出人は、森下拓也。
「八坂さん、
先日は本当にありがとうございました。
あなたのおかげで、13人の声が聞こえなくなりました。
でも、まだ一つ、聞こえる声があります。
陽菜さんの声です。
彼女は、こう言っています。
『もう、いいよ』と。
だから、私も、もう少しだけ生きてみようと思います。
退院が決まりました。
これから、どう生きていくか、まだわかりません。
でも、少なくとも、陽菜さんと13人のために、生きていこうと思います。
それが、私にできる唯一の償いです。
ありがとうございました。
森下拓也」
僕は手紙を閉じた。
そして、窓の外を見た。
森下さんは、幻聴を聞いている。
陽菜の声も、13人の声も、彼の心が作り出したものだ。
だけど――
それでいい。
彼は、その幻聴と共に生きていく。
それが、彼の償いだ。
◇
一方、スピの介の元には、別の報告が上がっていた。
「Case No.0072、受験者全員合格。しかし、炎上は回避され、協会の信用失墜も防がれました」
スピの介は舌打ちした。
「……あのクソガキめ。運のいい奴だ」
彼は次の策を練り始めた。
「次こそは、必ず潰してやる」
協会本部の一角。
鈴白は報告書を読んでいた。
「八坂、獅堂、三日月――三人とも、よくやった」
彼女の部下が尋ねる。
「次の案件は?」
「まだ決めていない。だが、スピの介は必ず次の妨害を仕掛けてくる。それまでに、三人をもっと鍛えておく必要がある」
鈴白は窓の外を見た。
「特に、八坂祐介。あの少年は――『本物』だ」
◇
そして――
ネットでは、静かに議論が続いていた。
田所雄介のブログが話題になり、徐々に事件の詳細が知られるようになった。
だが、工藤栞さんは、あの映像については言及しなかった。
「映像については、触れません」
栞さんは、記者の取材に答えた。
「あの映像は、13人の最も苦しい時間を記録したものです。それを、再び『消費』させたくありません」
栞さんは続ける。
「大切なのは、なぜ13人が死ななければならなかったのか、その背景を知ることです。映像そのものではありません」
この発言は、多くの人に支持された。
「映像を見るべきかどうか」という議論も起きたが、栞さんは一貫して「見る必要はない」と主張した。
「陽菜さんの手紙を読んでください。13人の日記を読んでください。それで十分です」
僕は、そのニュースを見ながら、考えていた。
あの映像を見た1000万人。
その中には、僕も含まれている。
僕たちは、13人の死を「消費」した。
その罪は、消えない。
だけど――
今、僕にできることは何か。
それは、真実を伝え続けることだ。
13人が何を感じて、何を求めて死んだのか。
陽菜が何を願っていたのか。
それを、忘れないことだ。
そして――
二度と、同じことを繰り返さないことだ。
ある日、僕は栞さんと会った。
彼女は、詩織さんの墓参りの帰りだった。
「八坂さん」
「栞さん」
「あの……ありがとうございました。本当に」
栞さんは、少し笑顔を見せた。
「詩織と、ちゃんとお別れができました。14年かかりましたけど」
「……そうですか」
「でも」
栞さんは続ける。
「まだ、終わってないんですよね」
「え?」
「陽菜さんのこと。13人のこと。これを、ちゃんと伝えていかなきゃいけない」
栞さんは空を見上げた。
「私、本を書こうと思ってるんです。妹のこと、陽菜さんのこと。そして、13人のことを」
「本……ですか」
「はい。センセーショナルなものじゃなくて、ちゃんと事実を伝える本を」
栞さんは僕を見た。
「協力していただけますか?」
僕は――
頷いた。
「もちろんです」
それから数年後。
栞さんの本が出版された。
タイトルは――
『教室の13人 傍観者たちの贖罪』
本には、詩織の日記、陽菜の手紙、そして事件の詳細が記されていた。
ただし、主犯格5人の実名は伏せられていた。
「彼らを糾弾することが目的ではありません」
栞さんは、出版記念のインタビューで語った。
「大切なのは、なぜこの悲劇が起きたのか、どうすれば防げたのか、それを考えることです」
本は、ベストセラーにはならなかった。
まあ、そういうものだ。
僕は、その本を手に取りながら、思う。
完璧な結末ではなかった。
主犯格の4人は、法的に裁かれたわけではない。
ただ、それぞれの形で、罪と向き合っているだけだ。
陽菜も、13人も、戻ってこない。
あの教室には、今も想いの痕跡が残り続けている。
だけど――
僕たちは、警察でも探偵でもヒーローでもない。
霊能者だ。
死者の想いを読み取り、そして伝えることしかできない。
あとは、生きている当事者たちの問題だ。
だから――これでいい。




