第22話 本当に、申し訳ありませんでした
会議室に、重い沈黙が落ちた。
僕たちは――
完全に追い詰められた。
真実を公表すれば、炎上する。
主犯格4人も、僕たちも、そして1000万人の「視聴者」も、全員が糾弾される。
公表しなければ、13人の死は闇に葬られる。
どちらを選んでも――
地獄だ。
だが――
獅堂が口を開いた。
「岡島さん、一つ聞きたい」
「何ですか」
「あなたは『炎上する』と言った。だが、それは本当に問題なのか?」
「当然でしょう」
「いや」獅堂は首を横に振る。「あなたが恐れているのは、炎上そのものじゃない」
獅堂は真っすぐにスピの介を見て言う。
「あなたが恐れているのは――うちのボスの名誉が守られることだ」
スピの介の表情が、一瞬だけ歪んだ。
「何を言っている」
「この事件、もし俺たちが真実を明らかにして、それが正当に評価されたら――鈴白の婆さんの推薦が正しかったことになる。それが、あなたには都合が悪い」
獅堂は続ける。
「だから、あなたは『炎上』を理由に、俺たちを不合格にしようとしている。真実の内容じゃなく、『混乱を引き起こした』という形式的な理由で」
スピの介が口を開こうとする。
だが、獅堂は続けた。
「だが、それは間違っている。俺たちの仕事は、真実を明らかにすることだ。その結果、社会がどう反応するかは、俺たちの責任じゃない」
「屁理屈ですね」
「屁理屈じゃない」
獅堂は立ち上がった。
「高野審査官。確認したい。実技試験の合否判定基準は何ですか?」
高野さんが資料を開く。
「依頼人の要望を満たしたかどうか。そして、調査過程が適切だったかどうか。この二点です」
「では、工藤栞さんに確認してください。俺たちは、栞さんの要望を満たしましたか?」
高野さんが栞さんを見る。
栞さんは――
頷いた。
「はい。私は、妹の遺体を見つけてほしいと依頼しました。そして、なぜ妹が死ななければならなかったのか、真実を知りたいと言いました」
栞さんは続ける。
「お三方は、両方とも叶えてくださいました。妹の遺体は見つかりました。そして、真実も明らかになりました」
栞さんは三人を見た。
「私は、満足しています」
高野さんが記録を取る。
「依頼人の要望は満たされた。これが第一の基準です」
スピの介が割り込む。
「だが、調査過程に問題がある。受験者たちは、無関係な市民のプライバシーを侵害した」
「無関係ではありません」
栞さんが反論した。
「あの5人は、陽菜さんをいじめた張本人です。事件の核心に関わる人物です」
「証拠は?」
「森下拓也さんの証言があります」
「精神病院に入院している人物の証言です。信憑性に欠けます」
「では」
栞さんは資料を取り出した。
「これを見てください」
栞さんが広げたのは――
古い学校新聞。
2011年3月1日付。
そこには、クラス委員の名前が載っていた。
「2年A組のクラス委員長は桐島健太。副委員長は西園寺梓。クラスの中心メンバーとして、相良美月、田所雄介、森下拓也の名前が挙げられています」
栞さんは続ける。
「つまり、この5人はクラスの中心にいた。そして、詩織の日記にも、彼らの名前が具体的に書かれています」
栞さんは詩織の日記を開く。
「『桐島くんと、相良さんと、あと何人か』――詩織は、いじめの加害者として、明確に彼らを名指ししています」
スピの介が反論する。
「それは、詩織さんの主観に過ぎません」
「主観?」
栞さんの声が強くなる。
「妹は、毎日日記に記録していました。誰が、何を、いつ、したのか。それを『主観』で片付けるんですか?」
「日記は個人的な記録です。法的証拠にはなりません」
「では」
獅堂が割り込んだ。
「高野審査官、実技試験における『証拠』の定義を教えてください」
高野さんが答える。
「霊能力者の調査においては、科学的証拠だけでなく、証言、記録、そして霊能力による感知も『証拠』として認められます。ただし、それらを総合的に判断し、論理的に矛盾がないことが求められます」
「つまり、詩織さんの日記、森下拓也の証言、そして八坂の共感覚による感知を総合すれば、『証拠』として成立する」
「その通りです」
高野さんが記録を閉じる。
「受験者の皆さんは、複数の証拠を収集し、論理的に矛盾のない結論を導き出しました。調査過程は――適切です」
スピの介が顔を歪める。
「だが――」
「岡島さん」
高野さんが遮った。
「あなたの主張は、全て却下します。受験者たちは、規定に従って調査を行い、依頼人の要望を満たしました。合格です」
スピの介が立ち上がる。
「待ってください! では、炎上の責任は誰が取るんですか!」
「炎上?」
高野さんが首を傾げる。
「工藤さんが真実を公表することで、社会が混乱する可能性はあります。しかし、それは協会の責任ではありません」
「どういうことですか」
「工藤さんは依頼人です。彼女が調査結果をどう扱うかは、彼女の自由です。協会は、真実を提供しただけです」
高野さんは続ける。
「もし誰かが訴訟を起こすなら、それは工藤さん個人に対してです。協会ではありません」
スピの介が言葉を失う。
「そ、それは……ひ、卑怯な逃げですぞ……そんな人道にもとる、責任逃れなど……」
僕は思った。
お前が言うな。
口には出さなかったけど。
「お前が言うなよ」
獅童は口に出した。
「……ッ!」
だが、桐島さんが前に出る。
「では、我々は工藤栞を訴えます。名誉毀損で」
「どうぞ」
栞さんが答えた。
「訴えてください。裁判で、全てを明らかにしましょう」
栞さんは立ち上がった。
「私には、弁護士がいます。そして、証拠もあります。詩織の日記、陽菜さんの手紙、そして13人の遺体」
栞さんは続ける。
「裁判になれば、全てが公になります。あなたたちのしたことも、全て」
桐島さんの顔が引きつる。
「……それは」
「裁判、怖いんですか?」
栞さんが一歩前に出る。
「あなたたちは、『時効だ』『証拠がない』と言って逃げようとしている。でも、裁判になれば、そうはいきません」
栞さんの声が震える。
「私は、妹のために戦います。そして、陽菜さんのために、13人のために戦います」
相良さんが口を開く。
「でも、それで何が変わるんですか? 過去は変わらない。陽菜さんも、13人も、戻ってきません」
「変わります」
栞さんは答えた。
「真実が明らかになれば、変わります。少なくとも、同じことが繰り返されないように」
西園寺さんが涙を流す。
「でも……私たちの家族が傷つきます。子供たちも……」
「それは、あなたたちが選んだことの結果です」
栞さんは冷静に言った。
「あなたたちは、陽菜さんをいじめた。そして、何も反省せずに生きてきた。その結果が、今です」
田所さんの弁護士が口を開く。
「では、我々は――」
「訴えてください」
その言葉を栞さんが遮る。
「でも、覚悟してください。裁判になれば、私も戦います。全ての証拠を提出します。そして――」
栞さんは桐島さんたちを見た。
「あなたたちの『今』も、全て明らかになります。桐島さんの『弱者を排除する』というマネジメント思想。相良さんの『偽善的な教育者』としての姿。全部」
桐島さんが後ずさる。
相良さんも、顔を歪める。
西園寺さんと田所さんは、黙り込んだ。
スピの介が最後の抵抗を試みる。
「だが、我々か゜あの映像を見た1000万人を訴えるという手もあります。それが――」
「どうぞ」
僕が答えた。
「僕も、その一人です。訴えられる覚悟はあります」
獅堂も続ける。
「俺もだ。裁判で、全てを語ろう」
吉宗ちゃんも頷く。
「私もです」
スピの介が顔を歪める。
「……本気か、貴様ら」
「本気です」
僕は桐島さんたちを見た。
「僕たちは、あの映像を見た。13人の死を消費した。その罪は、消えない」
僕は続ける。
「でも、だからこそ、真実を明らかにする義務がある。そして、その責任を取る義務がある」
僕は拳を握る。
「訴えたいなら、訴えてください。僕は、逃げません」
長い沈黙。
そして――
桐島さんが、小さく呟いた。
「……わかった」
「え?」
「訴訟は、取り下げる」
桐島さんは椅子に座り込んだ。
「もう、いい。疲れた」
相良さんが驚く。
「桐島さん!」
「相良、お前もだ。もう、やめよう」
桐島さんは顔を覆う。
「俺たちは、負けたんだ」
「何を言って――」
「負けたんだよ!」
桐島さんが叫ぶ。
「俺たちは、14年前に陽菜を殺した。そして、13人を死なせた。その事実は、消えない」
桐島さんは震えている。
「もう、逃げられない」
西園寺さんも泣き崩れる。
田所さんも、黙り込んだ。
スピの介が呆然としている。
「……これで、終わりですか」
「終わりです」
高野さんが宣言した。
「実技試験、受験者全員合格。これをもって、試験を終了します」
◇
数日後。
DNA鑑定の結果が出た。
床下で発見された13体の遺体は、全て失踪した生徒たちのものと確認された。
工藤詩織も、その一人だった。
栞さんは、ようやく妹と再会できた。
葬儀が行われた。
13人それぞれの家族が、14年ぶりに子供たちを弔った。
僕たち三人も、参列した。
詩織さんの墓前で、栞さんが言った。
「詩織、ようやく帰ってきたね」
栞さんは涙を流している。
「長かった。本当に、長かった」
僕は、何も言えなかった。
ただ、黙って頭を下げた。
その後――
変化が起きた。
まず、田所雄介さんが動いた。
彼は、自分のブログで、過去のいじめについて告白した。
「私は中学生の時、クラスメイトをいじめていました。
その子は、佐久間陽菜さんといいます。
震災の日に亡くなりました。
私はずっと、そのことから目を背けていました。
『事故だった』『自分は悪くない』と、自分に言い聞かせていました。
でも、最近、陽菜さんが本当に何を考えていたのか知りました。
彼女は、ただ誰かに見てほしかっただけでした。
『透明人間じゃなくて、ちゃんと自分として見てほしい』
それだけでした。
でも、私たちは、彼女を透明人間にしました。
私は、その願いを踏みにじりました。
今さら謝罪しても、許されるとは思いません。
でも、せめて、同じ過ちを繰り返さないために、この事実を公表します。
いじめは、人を殺します。
物理的にも、精神的にも。
私は、それを知りながら、いじめを続けました。
私は、加害者です。
このことを、一生背負って生きていきます」
このブログは、小規模ながら話題になった。
だが、炎上はしなかった。
田所さんが、自ら責任を認めたからだ。
コメント欄には、様々な反応があった。
「勇気ある告白だと思います」
「許されないけど、前を向いて生きてください」
「同じ過ちを繰り返さないことが、償いになる」
次に、相良美月さんが動いた。
彼女は、勤務先の学校で、特別授業を始めた。
「いじめについて、話したいことがあります」
相良さんは、生徒たちの前で語った。
「私は、中学生の時、クラスメイトをいじめていました」
生徒たちがざわめく。
「その子は、亡くなりました。私たちのいじめが原因で」
相良さんは涙を流しながら、続ける。
「私は、ずっと逃げていました。教師になって、『弱い生徒を守る』と言いながら、自分の過去から逃げていました」
「でも、最近、その子が本当に何を望んでいたのか知りました」
相良さんは、陽菜の手紙の内容を話した。
「彼女は、ただ『見てほしかった』だけでした。それなのに、私たちは、彼女を透明人間にしました」
「私は、教師失格です。でも、だからこそ、皆さんに伝えたいんです」
相良さんは生徒たちを見回す。
「いじめは、絶対にしてはいけません。そして、もし誰かがいじめられているのを見たら、勇気を出して、声をかけてください」
「『大丈夫?』その一言が、誰かを救うかもしれません」
生徒たちは、静かに聞いていた。
一部の保護者からは批判もあった。
「過去にいじめをしていた人間が、教師をしているのはおかしい」
だが、多くの生徒と保護者は、相良さんの誠実さを評価した。
「相良先生、応援しています」
「過去を隠さず、向き合う姿勢が素晴らしい」
西園寺梓さんは、自分の子供に、過去の過ちを話した。
「お母さん、昔、悪いことをしたの」
子供は、母親の話を静かに聞いた。
そして、泣いた。
「お母さん、ひどいよ」
「うん。ひどいことをしたの」
西園寺さんは子供を抱きしめる。
「でも、今からでも、謝りたいの」
子供は涙を拭いて、言った。
「お母さん、謝ろう。一緒に」
西園寺さんは、工藤栞さんに会いに行った。
そして、土下座した。
「本当に、申し訳ありませんでした」
栞さんは泣きながら、彼女を抱きしめた。
「……ありがとうございます」
最後に残ったのは、桐島健太。
彼は、何も行動を起こさなかった。
SNSも更新されない。
会社にも姿を見せなくなった。
数週間後。
僕の元に、一通のメールが届いた。
差出人は、桐島健太。
「八坂さん、
あなたが渡してくれた手紙、何度も読み返しました。
正直、今でも自分が何をすべきか、わかりません。
謝罪しても、陽菜さんは戻ってきません。
償っても、過去は消えません。
私は、ずっと『強者が生き残る』ことが正しいと信じてきました。
弱者を排除することが、組織の効率化だと。
でも、陽菜さんの手紙を読んで、わかりました。
私が排除していたのは、『弱者』ではなく、『人間』でした。
陽菜さんは、弱者ではなかった。
ただ、『見てほしい』と願う、一人の人間でした。
それなのに、私は、彼女を『物』として扱いました。
私は、間違っていました。
でも、今更、何をすればいいのかわかりません。
ただ、一つだけ決めました。
二度と、誰かを『透明人間』にしない。
会社を辞めました。
人事という仕事は、私には向いていません。
人を『評価』する資格が、私にはないからです。
これから、何をするかはわかりません。
でも、少なくとも、誰かを傷つけることだけは、しないようにします。
それだけは、守ります。
陽菜さん、詩織さん、そして13人の皆さん。
本当に、申し訳ありませんでした。
桐島健太」
僕は、メールを閉じた。
完璧な結末ではない。
だが――
少なくとも、陽菜の声は届いた。




