第21話 受験者全員を、不合格とします
翌朝。
工藤栞さんに、報告する。
「詩織さんたちは、陽菜さんの本当の気持ちを知りたかったんです。それを知らずに死んでいきました」
栞さんは泣いていた。
「でも、私たちは知ることができました。陽菜さんの手紙で」
僕は続ける。
「陽菜さんは、最後まで希望を持っていました。詩織さんの『大丈夫?』という言葉に、救われていました。そして、翌日『ありがとう』を言おうとしていた」
栞さんが嗚咽する。
「詩織……陽菜さん……」
「でも、震災が起きた。そして、陽菜さんは死んだ。詩織さんは、それを一生悔やんでいました」
僕は栞さんを見る。
「詩織さんたちは、陽菜さんと同じ場所で死ぬことで、陽菜さんの気持ちを理解しようとしました。でも――」
僕は言葉を選ぶ。
「それは、叶いませんでした。死んでも、陽菜さんの気持ちはわからなかった。ただ、苦しんで、死んでいくだけでした」
栞さんが顔を覆う。
「そんな……」
「でも、今、私たちは知っています。陽菜さんが本当に何を思っていたのか。詩織さんの『大丈夫?』が、どれだけ陽菜さんを救っていたのか」
僕は続ける。
「詩織さんは、間に合わなかった。でも、確かに陽菜さんに届いていました。それだけは、確かです」
栞さんは、長い間泣き続けた。
そして、顔を上げた。
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」
高野さんが記録を閉じる。
「実技試験、終了です。皆さん、お疲れ様でした」
だが――
その日の夕方、事態は急変した。
◇
高野さんから緊急連絡。
「皆さん、すぐに協会本部へ来てください。重大な問題が発生しました」
協会本部。
会議室に、スピの介が立っていた。
そして、その横に――
桐島健太、相良美月、田所雄介、西園寺梓。
主犯格4人が、揃っていた。
「どういうことだ」
獅堂が睨む。
スピの介が薄く笑った。
「彼らから、正式な抗議を受けました。『協会の受験者たちが、過去のプライバシーを侵害し、誹謗中傷を行った』と」
「何だと?」
桐島さんが前に出る。
「私たちは、あなたたちから一方的に『いじめの主犯格』として決めつけられました。証拠もなく、名誉を毀損されました。これは明らかな人権侵害です」
相良さんも続ける。
「私は教師として、生徒たちを守る立場にあります。過去の出来事を蒸し返され、職場での信用を失いかけています」
西園寺さんが涙を浮かべる。
「私の子供が、学校でいじめられるようになりました。『お母さんは昔、人をいじめていた』と言われて」
田所さんは黙っていたが、弁護士らしき人物が横にいた。
「田所さんは、精神的苦痛を受けました。損害賠償を請求する準備をしています」
スピの介が資料を広げる。
「皆さん、これは重大な問題です。協会の名誉にも関わります。受験者たちが、無関係な市民を攻撃した。これは、協会の信用を失墜させる行為です」
その言葉に獅堂が反論する。
「無関係ではない。彼らは佐久間陽菜さんをいじめた張本人だ」
「証拠は?」
「森下拓也の証言がある」
「精神病院に入院している人物の証言ですね。信憑性に欠けます」
桐島さんが冷笑する。
「それに、仮にいじめがあったとしても、14年も前の話です。時効です。今さら掘り返されて、社会的制裁を受ける理由はありません」
僕が前に出る。
「あんたたち、本当にそれでいいのか? 陽菜さんは死んだ。13人も死んだ。その原因を作ったのは、あんたたちだ」
「それはあなたの主観です」
相良さんが答える。
「客観的な証拠はありますか?」
「証拠なら――」
吉宗ちゃんが叫ぶ。
「ふざけんなっす! 私、こいつらの嘘、全部味で分かってるんですよ!」
「あなたの霊感も、法的証拠にはなりません」
スピの介は冷酷に言い放った。
「さて、皆さん。協会としては、この問題をどう処理すべきか、判断しなければなりません」
高野さんが割り込む。
「待ってください。受験者たちは、依頼人の要望に応えただけです。真実を解明することが、試験の内容でした」
「真実?」
スピの介が嘲笑する。
「彼らが提示したのは『推測』です。物的証拠に基づかない、主観的な解釈に過ぎません」
「それは――」
「高野審査官、あなたもわかっているはずです。霊能力というものは、科学的に証明できない。だからこそ、私たちは慎重に扱わなければならない。でなければ、協会は『詐欺集団』と見なされます」
スピの介は勝ち誇った表情で言った。
「よって、私は審査委員会に、受験者全員を『不合格』とするよう推薦します」
そして――
スピの介は、さらに続けた。
「それに、皆さん。もう一つ、問題があります」
「何だ」
「流出した映像のことです」
僕は息を呑んだ。
「工藤栞さん――依頼人です。彼女が、この『真実』と共に、あの映像についても言及すると言っています。具体的には、『多くの人がこの事件を消費した』という批判を含めて、SNSで公表すると」
桐島さんが前に出る。
「あの映像は、警察が押収した証拠品です。それが違法に流出し、ネット上で拡散された。我々は、その映像を見た全ての人間を、プライバシー侵害で訴える準備をしています」
僕は震えた。
「……何を言ってる」
「あの映像を見た人間は、1000万人以上います。その全員が、13人のプライバシーを侵害した共犯者です」
桐島さんは僕たちを見た。
「そして――受験者の皆さん。あなたたちも、あの映像を見たのではないですか?」
僕は――
何も言えなかった。
「八坂祐介さん。先日、あなたは私に『あの映像のこと、知っていますか』と尋ねましたね。ということは、あなた自身が見ているということでしょう」
僕は――
小さく頷いた。
「……見ました」
桐島さんが笑う。
「では、あなたも共犯者ですね。13人の死を『消費』した、加害者の一人です」
スピの介が続ける。
「三日月吉宗さん。心霊系の配信者として有名なあなたが、『神奈川13人事件』の映像を見ていないはずがない」
吉宗ちゃんは――
小さく頷いた。
「……見ました。去年の夏です」
「配信しましたか?」
「してないっす。でも――見ました」
桐島さんが言う。
「見ただけで、十分です。あなたも、13人の死を『消費』した」
スピの介が獅堂を見る。
「草薙獅堂さん。あなたはどうですか?」
獅堂は――
静かに答えた。
「……見た。3年前だ」
「つまり、受験者全員が、あの映像を見た共犯者だということです」
スピの介が勝ち誇った表情で言った。
「そんな人間たちが、『真実の解明』を語る資格があるのでしょうか?」
桐島さんが続ける。
「あなたたちは、13人を二度殺したのです。一度目は映像で『消費』し、二度目は調査で『利用』した」
相良さんが続ける。
「しかも、あなたたちは私たちを『加害者』として糾弾しながら、自分たちも『加害者』だった。これは、完全なダブルスタンダードです」
西園寺さんが涙を浮かべる。
「私たちは、確かに過去に過ちを犯しました。でも、あなたたちも同じです。なのに、なぜ私たちだけが責められなければならないのですか?」
田所さんの弁護士が言う。
「我々は、協会とその受験者たちを、名誉毀損と精神的苦痛で訴えます。そして、流出した映像を視聴した全ての人間――1000万人以上を、プライバシー侵害で訴える準備をしています」
スピの介が資料をテーブルに叩きつける。
「さて、鈴白理事。あなたが推薦した受験者たちは、協会を窮地に陥れました。責任を取っていただきます」
会議室が、重苦しい沈黙に包まれた。
僕たちは――
完全に追い詰められた。
全て、正論だった。
僕たちは、あの映像を見た。
13人の死を、「検索してはいけない言葉」として消費した。
そして今、その事件を調査している。
それは――
本当に、正しいことなのか?
僕たちに、その資格はあるのか?
だが――
獅堂が口を開く。
「……俺たちに資格はない。それは認める」
獅堂は眼鏡を外した。
「俺たちは、あの映像を見た。13人の死を消費した。それは、消せない事実だ」
「ならば――」
「だが」
獅堂は眼鏡をかけ直す。
「だからこそ、俺たちは真実を明らかにしなければならない」
「何を言っている」
「俺たちは、13人を『消費』した。だから、その罪を償う義務がある。真実を明らかにし、彼らの死を無駄にしないことが、俺たちにできる唯一の償いだ」
スピの介が嘲笑する。
「償い? 偽善ですね」
「偽善で結構」
獅堂は立ち上がった。
「俺たちは偽善者だ。資格もない。でも、やらなければならない。それが、俺たちの責任だ」
僕は――
獅堂を見た。
彼の目は、真剣だった。
そして、僕も立ち上がった。
「……そうだ」
僕は桐島さんを見る。
「僕は、あの映像を見た。13人の死を消費した。その罪は、消えない」
「ならば――」
「でも」
僕は続ける。
「僕は、今、彼らの真実を明らかにした。陽菜の声を、知った。それが、僕にできる償いだ」
桐島さんが冷笑する。
「償い? そんなもので、許されると思っているのか?」
「許されるとは思っていない」
僕は答えた。
「でも、やらなければならない。それが、僕の責任だ」
吉宗ちゃんも立ち上がる。
「私も――私も、あの映像を見ました。配信のネタにできるかって思って。でも、見たら――怖くて、配信できなかった」
吉宗ちゃんは涙を流している。
「でも、見たことは事実です。13人の死を、消費しました。その罪は、消えません」
吉宗ちゃんは続ける。
「でも、今、私は彼らの真実を知りました。陽菜さんの想いを知りました。それを、多くの人に伝えたい。それが、私にできる償いです」
三人は、並んで立った。
それを、スピの介が嘲笑する。
「美しい言葉ですね。だが、現実は違います」
スピの介は資料を広げる。
「工藤栞さんが、この真実をSNSで公表すると言っています。そして、あの映像についても言及すると」
「それの何が問題なんだ」
「炎上します」
スピの介は断言した。
「主犯格4人の個人情報が晒され、誹謗中傷が殺到します。彼らの家族も巻き込まれます。そして、あの映像を見た1000万人以上の人間も、『加害者』として糾弾されます」
スピの介は続ける。
「ネットは、正義という名の暴力で溢れます。『いじめの加害者を許すな』『映像を見た奴らも同罪だ』――そんな声が、嵐のように押し寄せます」
「それで――」
「そして、その全ての責任は――協会が負うことになります」
スピの介が勝ち誇った表情で言った。
「鈴白理事。あなたの推薦した受験者たちが、この混乱を引き起こしました。責任を取っていただきます。そして――」
スピの介は三人を見た。
勝ち誇った顔で、厳粛な――そして隠しきれない、いやらしい笑みを張り付けて。
「受験者全員を、不合格とします」




