◆ 第9章:青い光
——深海に向けて伸ばされた手
1 ◇ みさき
午前4時。
画面の「既読」がつかないまま、
みさきはずっとスマホを握りしめていた。
胸の奥がざわついて眠れない。
理由なんて考えるまでもなかった。
「遼くん、今日のままだと危ない」
直感と言えば軽い。
確信だった。
みさきは急いで
海斗へメッセージを送った。
《遼くんに何かあったかも。
お願い、一緒に探して》
すぐに返事が返る。
《どこだ?行く》
小さな光が点った。
2 ◇ 海斗
海斗は駅前の交差点を駆けた。
(嫌な予感なんて信じたくない)
昨日見た遼の顔――
あれは“限界を突破した後”の顔だった。
交番にも立ち寄る。
警官が数名動き出す。
「まだ間に合う。間に合わせる」
海斗は自分に噛みしめるように言った。
震える手は、
恐怖じゃない。
友を失いたくない叫びだった。
3 ◇ 母
明け方近く。
母は違和感で目を覚ました。
(遼……?)
子どもが寝室にいないことなど、
今まで一度もなかった。
胸が掴まれる。
言いようのない警報。
「遼……!」
声が震える。
スマホへ連続発信。
留守電ばかり。
母は走り出した。
スリッパのまま。
4 ◇ 遼
夜明け前の空は、青黒い。
遼は海を見下ろせる場所にいた。
手首のリストバンドが
かすかに街灯を照り返す。
(僕は……どこに行けばいい?)
海面は滑らかで
静かな深海の入口のようだった。
呼ばれている気がした。
ほんの一歩。
それだけで、消えてしまう。
その時――
ポケットのスマホが震えた。
震えが止まらない。
何度も。
画面には
同じ名前が重なっていた。
《遼!返事しろ!》
《どこにいる!!》
《頼む、待っててくれ!!!》
海斗。
視界がにじむ。
胸の奥が、かすかに痛む。
(僕は……
まだ誰かに必要なんだろうか)
答えは出ない。
でも、その問いがまだある。
それだけで十分だった。
5 ◇ 合流
みさきと海斗が息を切らしながら
夜の坂道を登ってくる。
「遼ーー!!!!」
遼の肩がびくりと震えた。
みさきが駆け寄る。
海斗はその腕を掴む。
「遼、帰ろう」
その言葉は、
泣き叫ぶ声よりも強かった。
遼は
震える唇で絞り出した。
「……ごめん」
「ごめんじゃねえよ!」
海斗の声が
夜空で割れた。
「お前がいなくなったらさ……
誰が俺を叱るんだよ」
みさきも涙を滲ませた目で言う。
「遼くんのこと、
ちゃんと見てるから」
青いリストバンドが
朝の気配を受けて
光を返した。
遼は、
その光を見つめた。
6 ◇ 帰路
母が遠くから走ってくる。
「遼っ……!遼っ……!」
遼の腕を抱きしめる。
強く、壊れそうなほど。
「よかった……!ほんとうに……!」
遼は力なく
その肩に額を預けた。
全部が苦しい。
でも、生きている。
その苦しさは
命がまだここにあるという形。
7 ◇ 夜明け
遼は
救急車の中で目を閉じた。
酸素マスク越しに吸い込む空気は
冷たいのに温度があった。
遠ざかるサイレンの音。
ゆっくりと
深海から浮かび上がるような感覚。
生きている。
その事実だけが
いま遼に残った。
夜明けが
世界を淡く青く塗り始める。
――遼の物語は、
まだ終わっていない。
第9章「青い光」完




