↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来の速度で  作者: 未世遙輝
エピソード2
PR
29/31

◆ 第8章:決意の夜



——誰も知らない、深海の音


1

夜更け。

家は眠っている。


遼だけが、

静止した時間に取り残されていた。


机の上の教科書は

もうただの重しだ。


開く気力もない。

閉じる気力もない。


(何もできない)


その事実だけが

胸を締め続ける。


2

スマホが震える。

画面に浮かぶ名前。


みさき。


《ねえ、安藤くん

 今日、すごく心配だった

 話したい》


読めない。

文字の意味が胸を刺す。


(期待を裏切っている)


返信したい。

でも、できない。

「大丈夫」と嘘をつき続ける力すらない。


通知を切った。

光を拒む。


3

部屋の明かりを落とす。

闇が落ちると、

心のざわつきが増幅した。


(僕は、迷惑だ)


小さな囁きが、

徐々に大きな声になる。


(存在が重荷だ)

(全部終わらせたほうがいい)

(楽になれる)


その声は、

理解者のように甘かった。


だが同時に

深海の底へ誘う引力でもあった。


4

ベッドの上で膝を抱える。


暗闇の中、

遼の呼吸は静かすぎる。


「どうでもいい」

と

「助けて」


その二つの声が

体の中でぶつかって

何度も折れていく。


涙は出ない。


涙を流すエネルギーすら

失われていた。


5

廊下の向こうから

母の寝息が微かに聞こえる。


あの人は

明日も遼を呼ぶだろう。


(愛されているのに、

 それに応えられない自分が憎い)


手で自分の胸を押さえる。


痛みはない。

逆に怖い。


何も感じなくなることこそ、

終わりの合図だ。


6

スマホの画面を再び開く。


未送信のメッセージが並んでいた。


《ごめん》

《大丈夫って言ったけど、大丈夫じゃない》

《苦しい》

《どうすればいいかわからない》


打ちかけの文字列。

全部消した。


(こんな弱音、見せられない)


再び暗闇。


孤独は

音もなく満ちていく。


7

ゆっくりと視界が暗くなる。


思考が

深海のように静まり返る。


「このまま沈んでしまいたい」


遼は、

誰にも聞かれない声で、

初めてそう呟いた。


その瞬間。

スマホが震えた。


《安藤くん、お願い。

 読んで。

 あなたが好きです。》


みさきのメッセージ。

時刻は深夜2時。


遼の心臓が

かすかに跳ねた。


深海に

一筋の光が差し込んだ。


8

遼は

その光が眩しすぎて

目をそらした。


けれど。


手首の青いリストバンドが

確かにそこにあることを

指先が覚えていた。


そして

遼の胸の奥で

わずかに温度が戻る。


「……行きたい方へ、行けばいい」


遼は

まだ答えを知らない。


ただ、

光がまだ消えていないことだけが

真実だった。


第8章「決意の夜」完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。