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未来の速度で  作者: 未世遙輝
エピソード2
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28/31

◆ 第7章:破綻点



——透明な壁に指先が触れる


1

朝の光が、遼の頬を照らす。


明るい。

なのに、冷たい。


布団の中で、

遼は呼吸の仕方を忘れる。


起きる理由が浮かばない。


スマホのアラームを止める。

その一動作だけで、

心臓が疲れ切ってしまう。


「学校、どうする?」

扉の向こうで母の声。


「行く」


答える声は

別人のように小さかった。


2

大学の正門。

人々の足音が波のように打ち寄せる。


そのすべてが

遼を押し流そうとする。


講義室のドアの前。

手が伸びない。


(入れない)


ただそこに立つ自分が

透明な壁に阻まれているようだった。


みさきが駆け寄る。


「安藤くん!」


呼ばれる名前が痛い。


「今日、座席変えよ?

 少し後ろの方が落ち着けるよ」


優しい提案。

なのに、責められている気がした。


「……ごめん。今日は、無理」


みさきの表情が曇る。

海斗が遠くから見ている。


遼は逃げた。


3

大学裏の人気のないスペース。

遼は壁に背を預けた。


視界が揺れる。

地面が遠のく。


(どうして

 呼吸ができないんだ)


喉が狭まる。

酸素が冷たい。


頭の奥で声が囁く。


「もう、無理して笑わなくていい」


その囁きは

優しさのようで

底なしの闇を帯びている。


4

ポケットの中のスマホが震える。


みさき《どこ?心配だよ》

海斗《保健センター行くぞ》

母《遼?大丈夫?》


すべてが重い。

すべてが遼を縛る。


返信しなきゃ。

安心させなきゃ。

期待に応えなきゃ。


(……できない)


指が動かない。

文字が打てない。


遼は

画面を伏せた。


光を拒んだ。


5

ベンチに座り込むと、

昼の太陽がまぶしい。

光が強すぎて

影が濃くなる。


「光は、生きている人のためのものだ」


遼の世界にはいま、

影ばかりが増えている。


青いリストバンドが

太陽に照らされて輝いた。


その青が

自分には似合わない気がして

手首ごと隠した。


(綺麗な色は

 誰かのものだ)


6

夕方。

帰宅後の部屋。


机の上の教科書が

山のように見える。


(もう、取り返せない)


遼は立ち尽くす。

何も触れられない。


母の声。


「ご飯できてるよ、遼」


それは、

崖の上から伸びる救命索。

なのに――


「いらない」


声が震えた。

母が近づく音。


「何かあったの?

 話してよ」


(話せたら苦労しない)


遼は俯いたまま

小さく答えた。


「大丈夫だよ」


その言葉だけが

崩れゆく自我の最後の防壁だった。


7

夜。

ベッドの中。

カーテンの隙間から

街灯が細い光を落とす。


天井を眺める。

地上にいるのに、

海底と同じ暗さ。


胸の奥に沈む黒い水が

波紋も立てず広がっていく。


遼は気づいていた。

自分が今

水面に指先で触れているだけだと。


ひと押しで落ちる。

ひとつの声で浮く。


世界は脆く

命は細く

未来は遠い。


最後に

遼は薄く笑った。


「ここまでかもしれないな」


その笑いは

涙より静かで

悲鳴より深い。


深海は、もうすぐそこだ。


第7章「破綻点」完


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