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未来の速度で  作者: 未世遙輝
エピソード2
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31/31

◆ 第10章:深海の呼吸 —《喪失》




——いなくなった人の形で、世界は歪む


1 ◇ 病室の静寂


遼がいた部屋には

シーツしか残らなかった。


機械の音が止まり、

壁の時計の針だけが動いている。


時間は続くのに、

遼の時間だけが終わっている。


それが何よりの暴力だった。


2 ◇ みさき


大学の講義室。

遼の席は空いたまま。


みさきは

スマホのメモに残った未送信の文字列を見る。


《苦しい》

《助けて》


届かなかった声。

拾えなかった救い。


返事をしなかった夜が

世界でいちばん残酷になった。


みさきは

自分の呼吸音が大きすぎると感じた。

生きている証が苦しい。


3 ◇ 海斗


帰り道。

海斗はいつも通り

自販機で缶コーヒーを買った。


隣に差し出す相手がいないまま。


(俺が、もっと強引に引き戻してれば)


怒りも悲しみも

行き場がない。


握った缶が

音を立てて潰れた。


「遼、怒ってくれよ

俺を叱ってくれよ

そうじゃなきゃダメだろ……」


声にならない叫びが

夜に滲む。


4 ◇ 母


台所のイスに沈み込む。


冷蔵庫には

遼の好きだったプリンが残ったまま。


「遼……ごめんね……」


謝罪は誰にも届かない。

でも言わずにはいられない。


あの日

「大丈夫」と言った遼を

信じてしまった自分を

許せない。


生きることすら責め続ける日々。

愛が形を失っても

痛みは消えない。


5 ◇ 大学/社会


遼の名前に

出席簿で一本線が引かれた。


教授は少し黙り、

いつも通り講義を再開する。


世界は回る。

一人の命が消えても。

何も変わらない顔をして。


それが

いちばん冷たい現実。


6 ◇ 青いリストバンド


みさきは海の近くに立つ。

手に握った青いリストバンド。


遼が好きだった、深海の色。


波音だけが耳に残る。


「遼くん……

 答えてよ……」


風が泣き声を攫い、

海が呑み込む。


愛は消えない。

でも、抱きしめる相手がいない。


それが喪失だ。


みさきは

リストバンドを落とさず

強く握り締めた。


まだ、手放せない。

手放したら、本当に終わるから。


7 ◇ ラスト


夜。

路上の街灯が

少し青く滲む。


遼がいないこの世界は

やけに広くて

どこにも行き場がなかった。


それでも

誰かの中には

遼がいる。


それが

彼が残していった

最後の形。


遼の物語はここで終わった。

生きていた証だけが、今も痛い。


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