■終幕:交差 ――「みんな、ありがとう」
◆1 風が運んできたもの
春の終わり。
駅前の広場に、風が花びらを舞わせていた。
希は大きく息を吸った。
合格証書が入った封筒をぎゅっと抱きしめる。
(ここまで来れたのは……)
「希ちゃん、行こう」
亮介とさつきが並んで立っている。
二人の顔には、かつての影がもうない。
「はい」
希は力強く頷いた。
三人は今日、
息子の未来を迎えに行く。
◆2 送るのではなく、迎えに行く未来
向かったのは、大学のホール。
LIMプロジェクトの成果報告会。
入場は申し込みで満席だった。
壇上のスクリーンには、
懐かしい文字が映る。
第一著者:佐伯悠人
論文タイトル:Learning Interface Modulator
再びざわめく会場。
しかし以前のそれとは違う。
好奇と期待が満ちている。
(悠人、あなたの名前は——
未来で呼ばれているよ)
さつきの胸に、
誇りが静かに満ちていく。
◆3 救われた者が救う力
発表が始まった。
瀬尾がスーツ姿で演壇に立ち、
堂々と述べる。
「本日は LIM が生んだ未来を、
“最初のユーザー”たちと共にご紹介します」
希が呼ばれた。
深呼吸し、一歩ずつ前へ。
「私は……
LIM に救われたひとりです」
会場が静まり返る。
「私は、生きていていいんだと
教えてもらいました」
その言葉に、
さつきは息を呑んだ。
(生きていていい——
悠人も、そう言ってほしかったはず)
◆4 父の視線の先にいる息子
希の話が終わり、拍手が起こった。
亮介は目を閉じて小さく呟いた。
「今日、ここにいるな……」
目を開ける。
視線の先、会場一番後ろの席。
——見えた気がした。
スーツ姿の息子が、
照れくさそうに拍手している姿。
一瞬でも幻でもいい。
それだけで充分だった。
(俺はもう、お前を置いていない)
◆5 音声の続き:交差する時間
発表終了後。
センター最上階のラウンジで、
亮介はUSBをPCに差し込んだ。
あの音声ファイルに
新たなデータが生成されていた。
《future_note_2.m4a》
再生ボタンを押す。
『聞こえてる?』
息子の声。
涙が滲む。
『父さん、母さん。希さん。』
『ありがとう。
僕は、ここにいるよ。』
『生き残ってくれたおかげで、
僕の未来は歩き始めた。』
『だから——
前に進んで。
三人で。』
短く、
そして力強く。
『もう置いていかないで』
音声が止まった。
亮介とさつきは、
静かに頷き合った。
「置いていかないよ。
未来で一緒に行こう」
◆6 写真が語る未来
希が提案した。
「もう一枚、撮りませんか?」
ホールの外、
春風が吹き抜ける階段の上で。
「三人で」
亮介とさつきは肩を並べた。
真ん中には、
ひとり分の余白。
希はタイマーをセットして、
三人へ駆け戻る。
「行きます!
はい——笑って!」
——カシャ。
光が走る。
その瞬間、
風が大きく吹いた。
余白に咲いた光が、
息子の輪郭に見えた。
「悠人、いるよね」
「うん。
ずっとここに」
◆7 未来は途切れない
夕暮れ。
駅のホーム。
希は言った。
「私は、これからも生きます。
悠人さんがくれた未来を
私も誰かに渡していきたい」
それは祈りではなく、
使命だった。
「ありがとう……希ちゃん」
さつきが涙の笑顔を見せる。
「こちらこそ……
私を救ってくれて、
ありがとうございました」
亮介は静かに息を吐いた。
(未来は、渡され続ける)
◆8 息子の視点 ― 最後の語り
風が優しく吹き抜ける。
光の粒子が舞い、
景色が静かに切り替わる。
(悠人の視点)
僕はここにいる。
生きている。
父さん、母さん。
希さん。
みんな、ありがとう。
僕の時間は短かったけど、
未来を止めてはいなかった。
息が続く限り、
声が届く限り、
思いが紡がれる限り。
僕たちは
生きている。
いつかまた
同じ速度で笑おう。
◆ラストライン
「みんな、ありがとう」
■終幕:完




