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未来の速度で  作者: 未世遙輝
エピソード1
20/31

 ■終幕:交差 ――「みんな、ありがとう」


◆1 風が運んできたもの


 春の終わり。

 駅前の広場に、風が花びらを舞わせていた。


 希は大きく息を吸った。

 合格証書が入った封筒をぎゅっと抱きしめる。


(ここまで来れたのは……)


「希ちゃん、行こう」


 亮介とさつきが並んで立っている。

 二人の顔には、かつての影がもうない。


「はい」


 希は力強く頷いた。


 三人は今日、

 息子の未来を迎えに行く。


◆2 送るのではなく、迎えに行く未来


 向かったのは、大学のホール。

 LIMプロジェクトの成果報告会。

 入場は申し込みで満席だった。


 壇上のスクリーンには、

 懐かしい文字が映る。


第一著者:佐伯悠人

論文タイトル:Learning Interface Modulator


 再びざわめく会場。

 しかし以前のそれとは違う。

 好奇と期待が満ちている。


(悠人、あなたの名前は——

 未来で呼ばれているよ)


 さつきの胸に、

 誇りが静かに満ちていく。


◆3 救われた者が救う力


 発表が始まった。

 瀬尾がスーツ姿で演壇に立ち、

 堂々と述べる。


「本日は LIM が生んだ未来を、

 “最初のユーザー”たちと共にご紹介します」


 希が呼ばれた。

 深呼吸し、一歩ずつ前へ。


「私は……

 LIM に救われたひとりです」


 会場が静まり返る。


「私は、生きていていいんだと

 教えてもらいました」


 その言葉に、

 さつきは息を呑んだ。


(生きていていい——

 悠人も、そう言ってほしかったはず)


◆4 父の視線の先にいる息子


 希の話が終わり、拍手が起こった。


 亮介は目を閉じて小さく呟いた。


「今日、ここにいるな……」


 目を開ける。

 視線の先、会場一番後ろの席。


 ——見えた気がした。


 スーツ姿の息子が、

 照れくさそうに拍手している姿。


 一瞬でも幻でもいい。

 それだけで充分だった。


(俺はもう、お前を置いていない)


◆5 音声の続き:交差する時間


 発表終了後。

 センター最上階のラウンジで、

 亮介はUSBをPCに差し込んだ。


 あの音声ファイルに

 新たなデータが生成されていた。


《future_note_2.m4a》

 再生ボタンを押す。


『聞こえてる?』


 息子の声。

 涙が滲む。


『父さん、母さん。希さん。』


『ありがとう。

 僕は、ここにいるよ。』


『生き残ってくれたおかげで、

 僕の未来は歩き始めた。』


『だから——

 前に進んで。

 三人で。』


 短く、

 そして力強く。


『もう置いていかないで』


 音声が止まった。


 亮介とさつきは、

 静かに頷き合った。


「置いていかないよ。

 未来で一緒に行こう」


◆6 写真が語る未来


 希が提案した。


「もう一枚、撮りませんか?」


 ホールの外、

 春風が吹き抜ける階段の上で。


「三人で」


 亮介とさつきは肩を並べた。


 真ん中には、

 ひとり分の余白。


 希はタイマーをセットして、

 三人へ駆け戻る。


「行きます!

 はい——笑って!」


 ——カシャ。


 光が走る。


 その瞬間、

 風が大きく吹いた。


 余白に咲いた光が、

 息子の輪郭に見えた。


「悠人、いるよね」


「うん。

 ずっとここに」


◆7 未来は途切れない


 夕暮れ。

 駅のホーム。


 希は言った。


「私は、これからも生きます。

 悠人さんがくれた未来を

 私も誰かに渡していきたい」


 それは祈りではなく、

 使命だった。


「ありがとう……希ちゃん」


 さつきが涙の笑顔を見せる。


「こちらこそ……

 私を救ってくれて、

 ありがとうございました」


 亮介は静かに息を吐いた。


(未来は、渡され続ける)


◆8 息子の視点 ― 最後の語り


 風が優しく吹き抜ける。

 光の粒子が舞い、

 景色が静かに切り替わる。


(悠人の視点)


 僕はここにいる。

 生きている。


 父さん、母さん。

 希さん。


 みんな、ありがとう。


 僕の時間は短かったけど、

 未来を止めてはいなかった。


 息が続く限り、

 声が届く限り、

 思いが紡がれる限り。


 僕たちは

 生きている。


 いつかまた

 同じ速度で笑おう。


◆ラストライン


「みんな、ありがとう」


■終幕:完


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