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未来の速度で  作者: 未世遙輝
エピソード1
21/31

■エピローグ 未来の速度で — After Story


◆1 空へ伸びる影


 六月。

 透明な光が街に満ちていた。


 希は、大学の屋上に立っていた。

 風が髪をかすめ、雲の縁を滑る。

 スマートフォンを取り出して、LIMアプリを起動する。


 画面の右下には、

 淡い青で輝く小さな文字があった。


USER: NOZOMI

SUPPORT ENGINE: YUUTO


 今日の学習タスクは「レポートの章構成」。

 希は深呼吸し、イヤホンを耳に差し込んだ。


『希さん、はじめよう。

 二つだけ集中すればいい。

 “今の自分”と“次の一歩”。』


 優しい電子の声。

 そこには癖のある語尾があった。

 悠人の声の特徴を、AIが自然に真似ている。


「うん。任せて」


 画面に新しい章タイトルが並んでいく。

 彼女はもう、

 ひとりで立てる。


◆2 家族写真とパスワード


 その頃。

 佐伯家のリビング。


 棚に飾られた写真立てには、

 三人と一つの余白が写った一枚があった。


 亮介はその前に立ち、

 コーヒーを片手に言った。


「パスワード、変えたんだ」


「何に?」


「“MiraiSpeed2050”」

 照れ隠しのように笑う。


 さつきは小さく笑い返した。


「悠人が聞いたらまた笑うわね。

 “未来に追いつく気ある?”って」


「だったら、こう返すさ。

 “追いつくよ。待ってろ”ってな」


 写真の余白に向けて

 亮介はそっとパチンと指を鳴らした。


 父はもう、未来を怖れていない。


◆3 研究室の壁に貼られた一枚の紙


 大学。

 瀬尾の研究室。


 壁一面に論文の受理通知や記事の切り抜きが貼られている。

 その真ん中に、白いA4の紙が一枚。


LIMプロジェクト — 新規フェーズ承認

対象:就学困難を抱える中高生・全国展開


 瀬尾は誰にともなく呟いた。


「君の研究は、やっとスタートラインに立ったよ」


 隣では木島が笑う。


「次は国際会議だな。

 “未来の速度で”走ってる研究なんて、滅多にない」


「……いいタイトルですね」


 瀬尾はうなずき、

 モニターに映るファイルを開いた。


《future_protocol_v1.0》

――作成者:佐伯悠人


「彼が遺した未来を、

 僕らが遅れずに守らなきゃいけない」


◆4 交差点で見たもの


 夕方。

 帰宅途中のさつき。


 大きな横断歩道。

 信号待ちをしていると、

 向こう側に白いパーカーの青年が立っていた。


 ふと、

 悠人の横顔に見えた。


(あっ)


 思わず一歩前へ。

 しかし信号はまだ赤。


 青年がこちらに気付き、会釈する。

 他人だ。

 でも——


 胸の奥で、確かに何かが応えた。


(見間違いじゃないの。

 悠人は、ここにいる)


 青に変わる。

 歩き出す足が、

 もう震えてはいなかった。


◆5 未来を失わなかった人々


 翌週。

 病院の相談室。


 さつきは、

 自死遺族の集まりに顔を出していた。


「息子さんのこと、

 お話しできますか」


「ええ」


 ゆっくりと語り始める。


 悲しみは消えない。

 でも、

 悲しみの形は変えられる。


「……生きていてくれた時間、

 あの子は私たちを救っていたんです」


 その言葉に、

 誰かが静かに泣いた。


「未来が止まったんじゃなくて、

 私たちが止まっていただけでした」


 隣の女性がさつきの手を握る。


「あなたの未来も……

 きっと動き出します」


◆6 風の中の声


 希は駅前のベンチに座り、空を見上げた。

 約束したのだ。


(私も誰かを救うって)


 スマホを手に取る。

 LIMアプリを起動。


『希さん、今日もお疲れ様』


「ねえ、悠人さん」


『ん?』


「あなたの未来は、

 まだまだこれからですよ」


 風が吹いて、

 声が遠くまで運ばれていく。


◆7 速度は、未来へ向かう


 夜。

 佐伯家の窓辺。


 亮介は小さく呟いた。


「おやすみ。

 未来でまた会おう」


 その瞬間、

 通知が一つ届いた。


SYNC

新規音声データが追加されました

《future_note_3.m4a》


 震える指で再生ボタンを押す。


『父さん、母さん。希さん。』


『僕、走るよ。

 まだまだ遅れられないからさ。』


『未来の速度で、ね?』


 短く笑う音がした。

 あの独特の、少し照れた笑い。


 涙が零れた。

 けれど、その涙は温かい。


Last Line


僕たちは、未来の速度で生きていく。


■エピローグ:完


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