51 セキュリティログの逆転劇
な、何だろ? 皆黙り込んでガン見してるんだけど?
まぁいいか。静かな方が話しやすいし。
「――さらに。鈴木さん――国交省の鈴木さんが、不正アクセス禁止法の構成要件を精査してくださいました」
震える手で、鈴木さんが資料を配布した。
どうしたんだろう? そんなに緊張しなくてもいいのに。
「本件における不正アクセスの最大の謎は『どうやって如月奈々のアカウントに侵入したか』です。私は席を離れる際、必ずスクリーンロックをかけます。パスワードを知っている人間はいない。では、犯人はどうやって正規のログイン画面を通過したのか」
私は、ここで一拍置いた。
なんだろう、いつもより声が張れている気がする。心なしか、胸の奥が温かい。
「答えは、パスワードを盗んだのではなく――最初から『私の権限で動ける設定に変えていた』からです」
画面が切り替わった。山本さんが準備してくれた、もう一つのデータ。
「不正送信の三週間あまり前、本プロジェクトのセキュリティ管理者が、システム管理者コンソールで設定変更を行っています。内容は『如月奈々の閲覧権限を、特定のPCセッションに対して付与する』というもの。このログは改竄が不可能なサーバー側の記録です」
公安の男が、素早くメモを取り始めた。
「その設定変更が行われた直後から、白峰さんの省庁支給PCが、私のアカウントと同等の閲覧権限でプロジェクトの中枢サーバーにアクセスできる状態になっていました。パスワード不要で、正規のログインとして処理される形で」
会議室が静まり返った。
「管理者操作を行った担当者は、当初この設定変更の理由を明確に説明できませんでした。記憶が薄れていたからです。しかし、ログには全て残っていた。そして今、彼は自分が何をしたかを完全に思い出しています」
山本さんが、静かに頷いた。その目に、自責と決意が混在している。
「以上の証拠を総合すると。不正送信のあった時間帯にプロジェクトルームに在室し、バックドアの設定を仕込み、ダミー企業の登録に使われたメールシステムへのアクセス権を持つ人物は――」
私の目が、白峰さんを見た。
「白峰サヤカさん。あなたです」
§ § §
――ふっ、と。
光が、消えた。
金色の髪が、毛先から元の黒に戻っていく。碧玉の瞳が、いつもの焦茶に。紺碧のドレスの輪郭が揺らぎ、くたびれたリクルートスーツに溶け戻る。
まるで水面に映った幻が、さざ波に崩されるように。
会議室に、数秒間の沈黙が落ちた。
「……今の、は」
朝倉座長が、掠れた声で呟いた。落としたペンを拾う手が、微かに震えている。
「夢でも見ていたのか……?」
山本さんが、自分の頬を軽く叩いた。佐々木さんは三度目の眼鏡の掛け直しをしている。
インドネシアの高官が隣の通訳に何か早口で囁いたが、通訳は首を横に振るだけだった。タイの高官は両手を膝の上で握りしめたまま、一言も発しない。
公安の男だけが、冷静に手元の端末に何かを打ち込んでいた。だが、その指先も、わずかに震えている。
誰もが、たった今見たものを言語化できずにいた。
金髪碧眼の令嬢。紺碧のドレス。あれは本当に、目の前の黒髪の女性官僚と同一人物だったのか。
だが――白峰さんの顔から、色が消えた。
幻だと思いたい全員の意識を引き戻すように、白峰さんの蒼白な顔が、会議室の空気を一変させた。
三十人以上の目。公安の視線。海外要人の凍りついた眼差し。
その全てが、栗色の髪のゆるふわ後輩を射抜いている。
白峰さんは、数秒間、動けなかった。
だが、彼女はまだ折れなかった。
「……先輩、何を言っているんですかぁ?」
声を出した。いつもの甘い声。震えてはいるが、まだゆるふわの殻を被っている。
「状況証拠だけですよね。私がプロジェクトルームにいたことと、実家のメールシステムが使われたことは認めますけど、それは私以外の誰かが実家のシステムを悪用した可能性だって……」
白峰さんは「私」を連呼した。だが、その声は明らかに震えていた。
白峰さんは必死に反論しようとした。
だが、私は微動だにしなかった。
「白峰さん。もう一つ、証拠があります」
画面が切り替わった。
「あなたが不正送信を行った月曜日の午後三時十七分。あなたのIC入退室記録では、プロジェクトルームに三時五分に入室し、四時にフロアを退室しています。しかし――」
私はマウスを動かし、別のデータを表示した。
「経産省のセキュリティログによると、あなたの省庁支給PCは午後二時五十八分にスリープ状態に入り、四時一分に復帰しています。つまり、午後三時から四時の間、あなた自身のPCは一度も使われていない」
白峰さんの目が見開かれた。
「一時間もの間、自分のPCを放置して、プロジェクトルームの中で何をしていたのですか?」
問いかける私に、白峰さんの唇が震え、重い沈黙が返ってきた。
「そ、それは……」




