第7話氷毒の広まる現実世界
「嘘をつくんじゃねえ――!!」
激昂と同時に、俺はドイルを力任せに突き飛ばした。
「…………」
「あいつが死ぬわけないだろ……!」
胸を激しく上下させる俺に対し、ドイルは黙って立ち上がると、コートについた土埃を払った。乱れた服と呼吸を淡々と整える。
「……ここではなんですから。場所を変えましょう」
◇ドイルの車中
冷たい空気の満ちた車内。ダッシュボードの微かな明かりが、ドイルの顔を怪しく照らしていた。
「……で、なんでお前がそんなこと知ってんだ」
「アーサーさんに、依頼されたのですよ。アイス家……いえ、ヴァイス家について調べるように、と」
「なんだと?」
「アイス家というのは俗称です。彼らは豊富な資金力を武器に、世界中の薬を掌握した一族なんです」
「――薬?」
「聞いたことはありませんか? 『アイス』という名の青い結晶を」
「いや、それはただの……」
「普段、あなたが飲まれている水とは違いますよ」
「おどかすな」
「――ですが売人を中心に、今や世界中の裏社会で売りさばかれているのが」
「「アイス」」
声が重なった。
「……ってわけか。水を隠れ蓑にしてやがる。……で? お前は俺をその薬の売人だとでも思ったのか?」
「いえ……ただあなたは、アーサーさんのことをよく知っている人物です。そう踏んで、マークさせていただきました」
「なんだ、見ていたのか」
――ハッとした。
日中、何度も視界の端に映っていた妙な視線は、こいつだったのか。
待てよ。ひょっとして、昨夜の酒場にいたフードの奴も、こいつなのか……?
「お前、酒場にいたのか」
「はい」
「……」
「ですが、依頼人であるアーサーさんが死んだ以上、これ以上私が一人で調査を継続することは不可能です。従って、ロットさん。あなたにこの件を引き継いでもらいたい」
「なんでだよ!」
意味が分からんッ! なんで俺がそんなヤバそうな話に関わらなきゃいけないんだ!
「一介の探偵が関わっていい山ではないのですよ。ヴァイス家の現当主は、人が変わったように怪しげな研究に明け暮れている。彼らの屋敷では、数百人を超える遺体を見たという証言すらあるんです」
「………………」
そんな狂った連中に俺を巻き込むな。
それにアーサーだって、明日になればまたいつもの生意気な面下げて、ひょっこり戻ってくるに決まってる。あいつが死ぬわけ――。
「撲殺ですよ」
ドイルの冷徹な声が、俺の思考を強引に引き裂いた。
「本名、アーサー・クラウン20歳。全身を鈍器のようなもので激しく殴られ、外傷性ショック死だそうです。そして恐らく警察は、あなたを犯人に仕立て上げるでしょうね」
「は―――?」
頭の中が真っ白になった。何をペラペラと、不吉なことを。
「素行が悪く、酒場でたびたび口論を起こしている。被害者のアーサーさんとは友人で、昨晩も事件直前まで一緒にいた危険人物……。第一候補の容疑者です」
「嘘だろ……」
「そこでです! 取引をしましょう。私を守っていただきたい!」
ドイルは急に大声を上げ、必死な目で俺にすがりついてきた。
ヴァイス家について調べていた私は、いずれ口封じのために消されるでしょうと、早口で言葉を続けた。
「アーサーと一緒にいた俺もか」
……っておい、まさか――!!
強烈な胸騒ぎが頭を殴った。
心臓がドクドクと嫌な音を立てる中、俺は震える手でポケットから端末を取り出す。
薄暗い車内で、液晶画面のバックライトがぼーっと白く浮かび上がる。今朝届いたメールは……
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ヴィア「にげて」




