第6話削りゆく、命
「……金がねえ」
そんな現実を抱えたまま眠ったせいか、翌朝の目覚めは最低だった。
「ふわぁぁ……」
間抜けな欠伸を漏らしながら、俺はベッドの上で身体を起こした。ぼりぼりと顎を掻き、凝り固まった首を左右に鳴らす。
窓の外には相変わらず雪景色が広がっている。
「しっかし、昨日は色々ありすぎただろ……」
ヴィアには吹っ飛ばされるし、不老薬なんて訳の分からない話は聞かされるし、挙げ句の果てには猫まで拾った。
「にゃあ……」
足元を見ると、俺がシロと名付けたそいつが、大きな欠伸をしながらこちらを見上げていた。
まだ連れて帰ったばかりだというのに、すっかり我が物顔で部屋を占領している。
「お前、順応力高すぎだろ」
「にゃー」
返事だけは一丁前だった。
その時、枕元の端末が震える。
「ん?」
画面を確認すると、今日の配達依頼が表示されていた。
「50件……?」
思わず二度見した。
祭り前だから忙しいとは思っていたが、これは完全に異常だ。
「身体は死ぬが、金になるなら文句は言えねえか……」
ため息を吐きながら端末を閉じようとした瞬間、新着メールの通知が表示された。仕事関係ではない。珍しいなと思いながら送り主を見る。
「ヴィアかよ」
本文には短い文章が並んでいた。
『起きてる?』
『アーサー知らない?』
『返事しなさい』
『殺すわよ』
知らねえよ!
即座に画面を閉じる。昨日の仕返しだ。少しくらい無視される側の気分を味わえ、暴力女。
「よし、行ってくるか」
荷物を担いで玄関へ向かう。
「シロは留守番な」
「にゃあ……」
不満そうな鳴き声が背中に飛んできた。
◇
祭りを目前に控えたブランカ村は朝から慌ただしかった。観光客で道は埋まり、どこへ行っても人、人、人だ。
「アイスゲームの影響でどこもかしこも大混雑だな……」
荷物を抱えながら人波を縫って進む。その途中、何度か妙な視線を感じた。誰かに見られている気がする。
振り返っても観光客しかいない。気のせいだと思い込み、仕事へ集中した。
◇
「おはようございます!」
詰所へ飛び込む。時計を見る。始業一分前。ギリギリセーフだ。
「班長」
「おう」
班長が書類の束から顔を上げる。
「……アーサーはどうした?」
「は?」
思わず聞き返した。
「まだ来てねえぞ」
「アーサーが?」
違和感が胸に引っ掛かった。真面目が服を着て歩いているような男だ。遅刻なんて聞いたことがない。
「珍しいこともあるもんだな」
班長は軽く笑った。
「祭り前だしな。どっかで足止めでも食らったんだろ」
そうかもしれない。そう思おうとしたが、妙な不安だけは消えなかった。
◇
「ありがとうございましたー!」
最後の荷物を届け終えた頃には、外はすっかり夕暮れだった。50件。さすがに死ぬかと思った。肩も腰も悲鳴を上げている。
だが、忙しかったおかげでアーサーのことを考える時間は減った。減っただけで忘れたわけじゃない。
「結局、職場に来なかったな……」
帰り支度をしながら呟く。昨夜、酒場で別れたあと何があった?寝坊?いや、あいつに限ってそれはない。
「帰りに様子見ていくか」
そう決めて職場を出た瞬間だった。
「失礼」
突然、すぐ後ろから声がした。近い。いつの間にそこにいた。反射的に振り返る。そこに立っていたのは、一目で異質だと分かる男だった。
灰色のくせ毛混じりの長髪。
丸まった背中。
雪山には似合わないブラウンのロングコート。
そして胸元には探偵バッジ。
古い推理小説から飛び出してきたような格好だった。
「ドイルと申します」
男は丁寧に頭を下げ、一枚の名刺を差し出してきた。受け取る。そこには確かに『私立探偵』と書かれていた。
「探偵って……ベタだな」
「よく言われます」
苦笑した。
だが灰色の瞳だけは笑っていなかった。
「悪いが、これから予定がある。話ならまた今度にしてくれ」
「アーサーさんの件ですか」
足が止まった。
「…………」
なぜその名前を知っている。俺はまだ何も言っていない。
「今日、職場に来ていないんですよね」
背筋が冷える。
「なんでお前がそれを知ってる」
ドイルは静かに目を伏せた。
「…………」
冬の風が吹き抜ける。舞い上がる雪の向こうで、探偵は静かに告げた。
「アーサーさんは――亡くなったんです」




