第5話白猫だからお前はシロ
「マジで言ってるのか……?」
「嘘ね。不老薬なんて聞いたこともないわ」
ヴィアは呆れたように肩をすくめる。
「この村に来てる連中は、本気で探しに来てるよ」
アーサーはそう言ってグラスを傾けた。
(たしかにフードを被った怪しい奴はいるが……)
昼間から酒場にいた連中の顔が頭をよぎる。
「祭りは四十年に一度だからね」
「四十年?」
思わず聞き返すと、アーサーは頷いた。
「アイスゲームは四十年ごとに開かれる祭りなんだ」
「そんな昔からあるのか?」
「それなりにね」
そう言ったアーサーの横顔は、なぜだか少しだけ遠くを見ているようだった。
「随分と詳しいな」
「昔、興味があったからね」
お前はまだ二十歳だろう。
だが、ほんの一瞬だけ――まるで自分で見てきたみたいな言い方に聞こえた。
「……なんてね。ふふ、脅かしてみただけさ」
「お前なぁ……」
久しぶりに友達と会ってテンションが上がる子供か。
◇ヴァロン酒場前――
「じゃあな、ヴィア」
「二度と来ないでね」
「来るに決まってんだろ!」
当の本人は面倒臭そうに肩をすくめた。
「またね、ヴィア」
アーサーだけは、いつも通り穏やかに手を振っていた。
すると白猫がヴィアの足元をすり抜け、そのまま俺のズボンの裾を前足で引っ掻く。
「にゃあ」
「なんだ、お前も来るのか」
しゃがみ込んで頭を撫でると、白猫は気持ち良さそうに目を細めた。
「口の悪いご主人様はあっちだぞ」
酒場の方を指差しても、
「にゃー」
と一声鳴くだけで動こうとしない。
「猫にはモテるね」
その様子を見ていたアーサーが苦笑した。
「うるせえ」
夜のブランカ村は、昼間以上の賑わいを見せていた。
雪景色と氷の彫刻を目当てに訪れた観光客たちが、通りを埋め尽くしている。
四十年に一度の祭りを目前に控えたブランカ村は、冷たい空気とは裏腹に、熱気で満ちていた。
屋台の灯りが雪に反射し、まるで村そのものが淡く輝いているように見える。
「あっ」
不意に足を止める。
「やべっ。財布忘れた」
「そうかい?」
アーサーは相変わらずのんびりした調子で笑った。
「じゃあ僕はこの辺で」
「ああ、先に帰っててくれ!」
そう言い残し、俺は酒場へ向かって駆け出した。
(最近どうも調子悪ぃな……)
猫に負けるわ、道に迷うわ、財布は忘れるわ。完全にじじいじゃねえか。
そんなことを考えながら雪道を急いでいると、不意に近くの物陰が揺れた。
ガサッ――。
「ん?」
視線を向ける。
「なんだ、また猫か――」
次の瞬間、何かが顔の横を掠めて背後へ飛んでいく。
「うおっ!?」
反射的に身を引いた。
「ふしゃーっ!」
白猫が全身の毛を逆立てて威嚇した。今の、完全に紙一重だったぞ……。俺は雪の上に転がった物を拾い上げる。
「……って、おい」
それは、酒場に置き忘れた俺の財布だった。慌てて顔を上げる。
フードを深く被った人物はすでに背を向け、雪の向こうへ歩き去っていた。
「おい!」
呼び止めても振り返らない。
「なんなんだ、あいつ……」
結局、返事はない。ただ白猫だけが、その後ろ姿をじっと見つめ続けていた。
◇
自宅へ戻る頃には、どっと疲れが押し寄せてきた。
「はぁ……」
ヴィアには殴られるし、怪しいフード野郎には遭遇するし、今日は本当に散々な一日だった。
ベッドへ倒れ込みながら天井を見上げ、大きく息を吐く。
(明日は仕事、少ないといいな……)
そんなことを考えていると、足元から小さな鳴き声が聞こえた。
「にゃあ?」
白猫が不思議そうに首を傾げている。
「そうだった。まずはお前だな」
俺は身体を起こし、部屋の隅に用意しておいた寝床を指差した。
「ちゃんと名前も決めてある」
当の本人はまったく興味がないらしい。後ろ足で器用に耳を掻いている。
「聞けよ、シロ」
「にゃー」
「シロは俺に勝ったんだ」
野良猫三匹との勝負。最後まで逃げ切ったのはこいつだけだった。
「だから約束通り褒美をやる。正当な権利だ。ありがたく思えよ!」
猫まんまを差し出す。
するとシロは嬉しそうに尻尾を揺らしたかと思えば、そのまま寝転がった状態で飯を食い始めた。
「おい」
「にゃーん」
「態度でけぇな!」
寝ながら飯を食い、人の話は聞かず、気が向いた時だけ返事をする。その好き勝手な態度を見ていると、自然とヴィアの顔が浮かんできた。
「なんでお前、あいつに似てるんだよ……」
思わず呟くと、シロは興味なさそうに尻尾を揺らした。
シロの寝床はできた。飯もある。
問題はそこじゃない。
俺は財布を開き、中身を確認した。出てきたのは数枚の紙幣と、わずかな硬貨だけだった。
しばらく無言で見つめたあと、現実から目を逸らすように天井を見上げる。
「……金がねえ」
「にゃー」
まるで同情するような鳴き声だった。
【主人公】
◇ロット(20):10歳まで雪の村で母ヴィアと暮らす。その後、研究所に9年囚われた末に脱出。後遺症で髪が黒く性格も変わった。
【友人たち】
◇アーサー(20):職場で出会った金髪の優しい親友。ヴィアに対し過去保護
◇ヴィア(18):ヴァロン酒場の美人看板娘、ロットの母と同じ名前を持つ。容姿端麗、超毒舌
◇シロ(1):拾ってきた白い猫、ロットに懐く。




