第35話氷棺のディヴィア
赤い髪の下から覗く顔を覆っていたのは、痛々しい金属製の人工呼吸器だった。
バサッ……とさらに羽織っていた外套を脱ぎ捨て地面へ落とす。隠れていたのはアストレイアの制服を身に着け、身体の半分は機械で補われている無残な姿。
そこにあるのはかつての鋭さを失った、ただ冷徹な虚無だけを宿した瞳――
「ディヴィは病院で……入院しているはずだッ!!」
俺は震える声を辛うじて絞り出す。
くぐもった機械的な不自然な呼吸音の隙間から、フィルター越しに変質した彼女の声が漏れる。
「彼女に意識はないよ、さぁゲームを続けようじゃないか」
ケイが"成り代わろう"と命を狙い、いま病院で生死の境を彷徨っているはずのディヴィア本人が、なぜ機械に依存した姿でここに立っているのか。
驚愕に震えながらも2戦目は無情に進んでいく。
俺が死力を尽くして巻き返し、1Pのタイへともつれ込む。
そして迎えた運命の3戦目――
お互いのカードが場に出揃い、次の一手で勝敗が決する完全な佳境。
「……ハァ、ハァ……」
俺は血で染まるカードを握る右手を、小刻みに震わせていた。
まずい。意識が遠のく……勝てる。勝てるんだ。
俺の脳内のロジックは、すでにディヴィを完全に打ち破る残酷な方程式を導き出していた。最後のカードを叩きつければ俺の勝利だ。
だが俺の視線の先には、無残な姿で静かに虚空を見つめるディヴィの姿がある。
(……殺せないッ)
ボロボロと涙が零れる。これ以上は人間を弄ぶ、むごすぎる仕打ちだ。
ウサの手の者が密かにディヴィを裏で回収し、このゲームに参加させていた。
運命……か。どこかで聞いた占い師の言葉が頭をよぎる。
ディヴィの声で話してる奴が最初からこのシナリオを描いていたなら、敵ながらあっぱれだ。
俺が"こうする"ことも織り込み済みって訳だ。
だがこういうタイプの奴は最後は自らの手で引き金を引きに来る!その場所さえ分かれば逆転出来る。
ポタッ……ポタッ……もう思考も限界だ。
このゲームで勝つということは、敗者となったディヴィをウサの待つ処刑台という名の奈落に突き落とすということだ。
俺がどれほどの憎しみをアイス家に抱いてこようと、目の前でボロボロになりながら戦う彼女を俺の手で死に追いやることなんて到底できやしなかった。
「……降参だ」
握っていたカードを静かに床へと滑らせた。観客席からざわめきの波が響く。
「……君ならそうすると思ったよ」
「そこまでェェェッ!!! ロット選手、まさかの降参により、勝者ウイング――否、ディヴィア選手ゥゥゥ!!!★」
司会の大絶叫が跋扈する。さらに血で祝福させるかのように赤い花びらが舞う。
その瞬間、最上階のウサが「カハハハッ!!!」と不快な笑い声を漏らし、指先をパチンと鳴らした。
降参した敗者に待つのは、絶対の死。
タンッ!!!
乾いた一発の銃弾がステージホールに木霊した。俺の胸元が激しく弾け、鮮血が視界を赤黒く染めていく。
「がはっ……」
正面に佇むディヴィア。気付いた時には、豪華に装飾された銃が硝煙を上げていた。
俺は膝から崩れ落ち、冷たい床に頭から、べちゃっと倒れ込む。
薄れゆく意識の最中、最期にディヴィアの虚ろな瞳と交錯した。生気を感じられないまま彼女の姿が遠ざかっていくのが見えた。
そのまま俺の世界は赤い水たまりへ沈み込んだ。
◇アストレイア女学院教会
茜色の不気味な斜光が差し込む、女神アストレイア教会――
厳かな賛美歌が流れ、パチパチと合掌が響き渡る中、豪奢な表彰式が執り行われていた。
祭壇の中央に立つのは、機械に変えられた赤い髪の少女。
授与の為に集まった資産家の面々と理事長のウサ、新たな司会。
純白のクッションに載せられたアイス家の至高。氷冠が優勝者である彼女の頭上へと掲げられる。
「氷棺の戴冠式優勝者――ディヴィア選手に栄光なる『氷冠』を授与致しまスッ!!!★」
ディヴィアの両手がゆっくりと頭上に光る氷冠へと伸びる。感覚のない機械の指先がパキンと冷たい音を立て、次第に彼女の冠は血液を吸い赤く染まる。
全身に氷の花が咲いた。
夕暮れの光に照らされ、爛々と死の輝きを放つ冷たい氷の花。背中には赤き氷のツバサが生え、優勝者・ディヴィアの残酷な彫刻が完成した。
赤い氷棺そのものとなった彼女の瞳に宿る真意は、誰にも永遠に分からない。
氷棺の戴冠式の参加者64人全員が亡くなった。
後世に『黙する女神』と伝えられた富豪家たちによる最悪の大量殺戮事件。血に染まった氷棺の戴冠式はここに幕を閉じた。




