第36話流血のたまった落とし穴
「――なっ……!?」
心臓が跳ね上がる。だがケイの無気力な告白は続く。
「いま病院で生死の境を彷徨って……入院しているディヴィアお姉サマを吊るしたのも……全部ケイ。」
「……ケイの目的はね、ロット……。ディヴィアお姉サマに"成り代わる"こと……。」
ぞっとするほど合理的で冷酷な声。問い詰める隙もなく、ケイはウイングの待つ正面へと歩みを進める。
ステージ中央で対峙する、ケイと謎のフードの人物・ウイング。
「おい、そこのフードッ!気味が悪ィんだよ!!その布切れを早く脱いだらどうだッ!?」
観客席から豪快なヤジが飛ぶ。
しかし――フードの男は何も答えない。一切語らない。
ただ無言のまま、冷徹な威圧感だけを放ってそこに佇む。その徹底した沈黙にイライラがさらに募る。
そんなウイングに向けて、ケイは引き摺る人形の頭をもう一度愛おしそうになでながら、暗い笑みを浮かべる。
「……ううん、脱がなくていいよ。だってケイはあなたの『正体』にもう気づいてるもん。だから脱ぐ必要なんてないよ、ウイング……」
ケイの挑発に対してもフードの男は直立したまま、ただ不気味な静寂をケイ以上に貫くだけだった。
「さァさァ両者、位置にツキマシタァッ!!! カードバトル、開始デスッ!!!★」
氷冠戦準決勝第2試合 ケイVSウイング
ケイは行動や性格と反して、明晰な頭脳の持ち主だった。学院での成績は1年生でトップ。アイスゲームでもロットと互角と言った具合だった。
相手が何者か分からない。読み合いというカードゲームの性質上、ウイングのデータが少ないケイが不利だ!
……頼む、勝ってくれケイ!!!
対して一言も発しないウイングのプレイングには一切の迷いがない。まるでケイの行動そのものを最初からすべて読み切っているかのように、無言のままカードを展開させる。
1戦目―引き分け
ケイ+1
ウイング+1
ケイは人形を抱えたままカードを出した。表情が変わらない。
「ケイの方が予選は2位とは言えガキだ。」
「いやオッズはケイの方が高いぞ、勝敗予想も6:4でケイだ」
呆然自失。見守っている俺の耳に観客席の喋り声が聞こえるが、もはやそれ処ではない。
2戦目―引き分け
ケイ±0
ウイング±0
「……ケイ。」
俺は思わず呟いた。ケイに聞こえていたのか分からない。ケイは振り返らなかった。
なぜお前がアーサー達を殺した。
3戦目―勝者ウイング
最後に残ったカードを互いにセット、オープン。
最後のカードは黒>金。第3戦ポイント結果
ウイング +2
ケイ +1
……ケイの出す「金」を読み黒+1Pでウイングが勝った。
「只今を持ちましてェー!氷冠戦準決勝第2試合終了オオオォォッ——!!!★」
「 なんとなんとっ!予想を裏切り勝利したのはッ――ウイング選手ゥゥゥ!!!★」
軽薄な叫び声がホールに響き渡る。結局最後までウイングの正体は掴めなかった。解き放たれた静寂の中、敗北したケイはその場に崩れ落ちる。
沈黙が会場を覆った。ケイは——動かなかった。
「……」
「…………ぁ。」
小さな声が漏れた。肩が震え始めた。
「……ぁ、ぅ……」
彼女の頬を涙が伝った。13歳の少女は人形をぎゅっと抱きしめて——声を殺して泣いた。
俺は動けなかった。
(こいつがアーサーを。ヴィアを。ディヴィを——)
(それでも)
(なんで——こんなに小さく見えるんだ。)
ロジックではケイが上回っていた。しかしウイングはその上を行った。ケイの野望は完全なる敗北に終わった。
だが、敗者に余韻に浸る時間は与えられない。最上階の貴賓室から見下ろす影武者、ウサの脂ぎった顔が邪悪に歪む。退屈そうに顎で小さく合図を送った。
直後、ホールの暗がりから容赦なく自動小銃の銃口を泣き震えるケイへと向けられた。負ければ即座に処理される。それがこのデストーナメントの絶対のルールだ。
タンッ、タンッ、タンッ!!!
無慈悲な銃弾が少女の命を刈り取ろうと放たれる。
「危ないケイ――ッ!!!」
身体が勝手に動いていた。俺はステージに飛び込み地面にへたり込むケイの小さな身体を強引に抱きすくめて庇う。
ズガァッ!!!
激しい衝撃と焼き付くような激痛が俺の左肩を貫いた。
「ぐっ……!」
床に俺の鮮血がどっと飛び散る。肉を抉る痛みに視界が一瞬歪んだが俺はケイを背後に押し隠し、マイクを握るステージ上の架空の司会者へ向かって、血を吐き出しながら叫んだ。
「司会……ッ! 上のウサに伝えろ……! ケイを今後一切殺さないと保証しろ……! その代わり、俺はこのまま血まみれのままで決勝を戦ってやる……ッ!!」
狂気の沙汰。致命傷かどうかも定かではない。
「…………」
司会者が上層階のウサをチラッと仰ぎ見る。
最上階ソファから食い入るように身を乗り出し、ワイングラスを握りつぶした手で自分の顔を紅く染め上げる。
奇しくも血まみれでぜぇぜぇと息を切らす、くたばりかけの俺の姿と重なる。俺をずっと凝視していた老獪な男――ウサは顔をぶるぶると震わせ両手を舐め歪めて笑った。
「カハハハッー!!! 愉快……!痛快じゃ……! 死ぬと分かっていてなお、誇り高き騎士気取りのつもりじゃ!!!……そのボロボロの絶望的な状況でどこまで踊れるか……!」
無機質な殺戮の道具がステージ内に折り畳まれる。……交渉は成立した。
俺はケイをステージの陰へと静かに逃がし、溢れ出る血を強引に制服で縛りつけながら、満身創痍のまま再びステージへ上がる。ウイングとの決勝戦の打席についた。
「おぉっとォまさかの交渉成立ぅー!? ★ロット選手、ノー治療の血まみれスタイルで奇跡の一手を捥ぎ取ったかァ!?★」
「これより氷棺戴冠式・デストーナメント最終決戦ッ!! ロット選手 VS ウイング選手を開始致しまスゥー!!!★」
対面に佇むのはこれまで一言も喋らず、徹底した沈黙を貫いてきた謎多きフードの人物――ウイング。
唯一の手掛かりは、こいつが酒場で俺に財布を投げた人物であること。準決勝第2試合の対戦相手だったケイの手を知り尽くしていたこと。
以上から考えられるこいつの正体は――
「そんな余裕が君にあるのかい。」
口元を覆った男性のようにも女性のようにも聞こえる機械的な声だ。
「どうせ君は死ぬ運命にある。楽には殺さないよ。」
アドレナリンで活性化しているはずの身体が一瞬で凍りつくほどの強烈な悪意と怨嗟を感じ取った。こいつは俺を殺す為だけにこの舞台を用意した――
決勝戦第1戦目――肩の激痛による出血とウイングの冷徹な攻勢に圧倒される。しかし、辛うじて引き分けに持ち込んだ。
ウイング+1P
ロット+1P
ハァ……ハァ……
続く第2戦目――無言でカードを叩きつけるウイングのプレイングに対峙しながら、俺の脳裏に異様な既視感が這い回る。この極限状態のカード捌きロジックの組み立て方、そしてカードを置く瞬間のほんの僅かな指先の癖――。
(……待て。俺はやはりこいつの『戦い方』を知っている。学院で見たはずだ。何度も、もっと深く俺の魂に刻まれた……)
「――まさか、お前……ッ!」
俺が確信したその瞬間だった。
ウイングの細い指先が自ら深く被っていた外套のフードへと掛けられる。
バサリとフードが背後に落ちた。露わになった姿に会場の空気が凍りつく。
「……ディヴィア……ッ!!」




