第30話銀閃
母さんの死と重なった。身に纏っている雰囲気。自分自身の直観に脳が震える。
「待ってくれ」
パンッ……
再び、鮮血が舞い散る。目の前でエムニッタの頭がトマトみたいに弾けた。一気にサビた苦い味が口いっぱいに広がる。
誰かに撃たれた?違う。
エムニッタが自分で、銃口を口に入れやがったッ!!!
「うわああああああぁあああああああぁあああああああっっっっぅぅぅぅぅ!!!!!」
母さんは既に死んでる。
分かっていた。自己満足の旅だって。見つからないものを永遠に探し求める愚者の旅路。
こいつは母さんじゃないッ!!!もう死んでるんだ。
なのに……なのに……。暖かさが。この匂いが……。なんで母さんに似てるんだ。
タタタタタッ……
遠くから風を切る音が近づいてくる。壁を蹴り、ものすごい速さで何かが舞い降りた。
「ラグネル姉様ッ……!!!」
長い銀髪を束ね、烈火のごとく現れた。
酒場にいるハズのフルールの姿だった。慌てて出てきたのかメイド服の格好のままだ。
「どうして……どうして……ウゥッ……」
「フルール!?どうしてここに来たッ」
2回戦、モーモモことヘリスはフルールの友人。テレビ中継を見て、虫の知らせを受けたようだった。
ペラッ……
まずい。俺のポケットから風に靡かれ落ちたのは一枚の写真。
「どうしてロットさんがこれを持っているんですか……?」
「これは違う」
「ラグネル姉様の写真をッ!!!!!」
以前、酒場の2階にある談話室で見つけた。
一枚の写真。アーサー似の少年と知らない青髪の少女が写っていた。
母さんと同じ雰囲気を持ったエムニッタ。正体がラグネルというフルールの姉。
困惑。
キラッ――
「なっ……」
一瞬光が反射しなければ死んでいた。フルールの部屋にあった銀剣。
やっぱり真剣かよッ!!!
「落ち着け、ラグネルを殺したのは俺じゃない!!」
移動しながら来たせいか——エムニッタとの戦いを見ていないようだ。
「はアァッ――!!」
純粋な怒気を乗せた闘気。装飾の少ない銀閃と呼ばれる十字アーミングソード。
これが女の力かッ!?
アーサーや酒場のマスターとなんら遜色ない、研鑽を積んだ武人の覇気。それをたかが17歳の少女が身に纏っている。
天賦の才。
眠れる獅子。
未覚醒のそれを呼び起こしてしまった。反撃どころか、目で追うので精いっぱいだ。
さっきの筋肉ダルマ、既に息をしていない。ゴライアスの持っていた斧。
「悪ィ、借りるぜッ!!!」
ガキィン……
銀閃から放たれる火花が飛ぶ。
クソッ!どうしたらいい。とても無傷で無力化できないぞッ!!!
ダダダダ……
「今度は何だ!?」
警察?違う。
衛兵が——舞台に雪崩れ込んできた。蒼い鎧。アイス家の紋章。数は十数人。
「停まれ——!!」
フルールが一瞬、動きを止めた。その隙に俺はゴライアスの斧を地面に置いた。
「俺は殺してない。エムニッタを——ラグネルを殺したのはアイス家の当主だ」
「……嘘を」
俺に剣を向けるフルール。
「嘘なら俺はとっくに逃げてる」
剣を握るフルールの手が微かに震える。銀閃の切っ先が、少しだけ下がった。
衛兵が死体に近づく。無言で手際よく。
慣れている——エムニッタだったものを、布で包んでいく。
「やめろ——」
俺が言った。
衛兵は無視した。
「控えよ、小童……」
しゃがれた、錆びた歯車のような声がした。
全員が動きを止めた。
衛兵も。俺も。フルールも。ゆっくりとした泥を這いずる足音。
コツ……杖の音が、舞台に響く。
「久しぶりに来れば——随分と、賑やかなことじゃな」
ビリビリと野太い震えが、両者の間に歪みを生む。
——その存在感だけが、場の空気を全て塗り替えた。
世界でNo.2の資産家。アイスゲームの黒幕。全身黒で統一されたスーツ。杖と帽子。トレンチコート。カエル顔にギョロりと回る大きな眼。マフィアのような出で立ち。
「……ウサ様」
衛兵たちが頭を下げる。
「虫の片付けは後でよい」
ウサはゆっくりと、フルールの方へ歩いていった。
「お前が——フルールじゃな」
「……はい」
「剣を収めよ。ここでは必要ない」
フルールが一瞬俺を見た。俺はうなずいた。渋々、銀閃が鞘に収まった。
ウサはゆったりと壇上に上がる。傍観者のはずが、当事者になるつもりとは意外だった。
齢90歳にして未だ権力を欲する男は、ジロリと俺を睨みつけ対峙した。
転がっているモノを、一瞬だけ見た。
道端の虫けらでも見るかのように、ウサは何も言わなかった。
ただ——老いた目が、少しだけ細くなった気がした。
「フルール。貴様を預かる」
「……え」
「酒場は当分閉める。代わりに姉妹たちの安全は保障しよう」
「でも——」
「ダメだッ!!!」
これは罠だ。
俺とフルールを敵対させ、自身の元に来るように仕向けたんだ。
アーサーとヴィアの……学院の時と同じだッ!!!
「ラグネルの仇を討ちたいなら、真実を知りたいならワシとこい」
フルールが息を呑んだ。
「……ロットさん」
フルールが俺を見た。
「騙されるな、ルガンも、ディヴィも全部こいつの仕業だッ!!!!」
目が赤い。でも——泣いていなかった。
「写真は——持っていてください」
「……フルール!目を覚ませッ!!!」
「ヴィア姉様が選んだ場所に、いてくれた人だから」
フルールはそれだけ言って、ウサの後ろについた。
振り返らなかった。
コツ。コツ。コツ。
杖の音が銀閃と共に遠ざかっていく。
「戻れッ!!!フルールッッッッ!!!!!」
衛兵がエムニッタだったモノを運び出す。
舞台が、静かになった。
写真を見た。
アーサーに似た少年と、青髪の少女。
(ラグネル。お前たちは——俺の母さんを知っていたのか)




